金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
そんなことを考えながら連立方程式を解いている内に、私はなんだかんだで勉強の方に飲み込まれていった。
6時ちょっと前に部活が終わって、6時には校門の横の大きな木の下でりっちゃんとの待ち合わせだ。
図書室は3階で、校門まで時間がかかるから、私はいつも50分には図書室を出るようにしてる。
だから、55分を過ぎてしまっているのを見て私は、しまった!と勢いよく立ち上がった。
椅子の足の滑り止めとフローリングの床とが擦れあって、あの特有の音が響く。
右斜め前であの人が少しこっちを見た気配がした。
気づいて、恥ずかしくなった。
でも、いつも余裕を持って待っている私だから、遅れたらりっちゃんが心配するかもしれない。
りっちゃんは運動が得意ですごくサバサバした子だけど、心配症だから。
私は、目線が合わないように下を向いて、でも出来る限り急いで、筆箱にペンを詰め始めた。
プリントと教科書もまとめて筆箱と一緒にスクールバックに押し込んで、勢いをつけて持ち上げる。
と、その拍子でスクールバックが机の角に当たって、私の手からスルリと落ちてしまった。
「あっ…。」
と声が出たのも束の間、まだ全開だったチャックから中身が雪崩のように広がって滑り出る。
バサバサバサッ...
それは、向かい側に座るあの人の足元にまで流れていって。
「ご、ごめんなさっ…」
しゃがんだ瞬間、上から被さるように声がかかった。
「大丈夫?」
ーーーそれは、想像していたよりもずっと低くてハスキーがかった声。
心臓が、これまでに無いくらいドキンと跳ねた。
しゃがんだまま見上げる私と、ちょっと驚いた顔で席を立ってこちらを見るあの人が、初めて目線を合わせた瞬間だった。
横からちらちら見るのじゃ分からなかったけど、正面から見ると2重の幅が思っていたより広くてくっきりしていて、窓から差し込む夕日のせいか、瞳の色が凄く明るくて透き通った茶色で…。
まるで時間が止まってしまったかのように動けなくなった。
その代わりに、なんでか分からないけれど喉が詰まって、体の奥に何かがじわりとにじむ。
何か言わなきゃと思うのに、胸がいっぱいになって何も出てこない。
この景色が、あまりにも綺麗すぎて。
言わなきゃ、早く何か言わなきゃ、変な子だと思われる…。
そう思うのに、私の脳は言葉を生み出す機能を一瞬で失ってしまった。