金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
駅までの一本道は住宅街のど真ん中で、でも中腹あたりの横道を右に行ったところに、この辺りでは有名なたい焼き屋さんがある。
学生のお財布に良心的な価格で、部活帰りの生徒が校則を破ってでもこっそりと列を作るのが、よく分かる。
実は私も、りっちゃんと何回か寄ったことがあった。
須藤くんは私の手首らへんを握り直して、まだふわふわと変な心地のする私を、導くように連れていった。
もちろん、強引な力は一切入れないで。
珍しく、並んでいるのは夕飯の買い出し帰りと思われる主婦の方々がほとんどで、うちの学校の生徒はあまりいないようだった。
店の横側に備え付けてあるベンチに、須藤くんは私を座らせた。
「...長谷川さんは、ここで待ってて。」
私に拒否する理由も無く、また、言葉無しにこくんと頷く。
須藤くんがいなくなって、途端に、体から力が抜けた。
色んな感情が、ごちゃまぜになっている。
私は記憶を、再生した。
深く考える前にポロッと、『私といる時に他の女の子の話しないで』なんて口走って、そのセリフのあまりのウザさに、須藤くんは絶対ドン引きしただろうと思ったら、軽くパニックになってしまった。
...怖かったんだ。
前よりももっと須藤くんが好きで、だから、前よりももっと、嫌われるのが怖かった。
嫌われたらどうしようって、ただそれだけがどんどん膨らんで、その恐怖に、飲み込まれそうになった。
焦って、ぐちゃぐちゃになった思考。
でもそこから、いともたやすくすくい上げてくれた須藤くんに、愛おしさが募る。
きっと、心配をかけてしまったよね...。
ごめんなさいの気持ちと、ありがとうの気持ちは、きっと表裏一体、同じことだって、りっちゃんが教えてくれたから。
...感謝にして、須藤くんにちゃんと伝えなくちゃ...。
そう思って、ふと、一つの可能性に気が付いた。
私がつい言ってしまった『私と話してる時に(以下略)』って...。
もしかして、遠まわしの告白にもなるんじゃ...?
そう思った瞬間、顔からサッと血の気が引いた。
そして、その後あっという間に熱がかけ上ってくる。
...ちょっと待って私、告白は行き過ぎだとして、もしかしなくても、私の気持ちダダ漏れだよ...!
恥ずかしさと、そんな可能性に今まで全く気づかなかった自分に、叫び出したい衝動にかられた。
顔も、体も、熱を帯びて熱い。
私は着ていたセーターを脱いで、腰に巻いた。
…須藤くんなら、私の気持ちに気付いた可能性も大ありだよね…!
ドン引かれて嫌われたということは無かったとしても一安心は出来ず、別の角度からまた大きい問題が割り込んでくるようだ
どちらの方が良いかといわれれば、もちろん、嫌われるよりは全然いいのかもだけど…。
それにしても、これは恥ずかし過ぎるよ...と俯いたところに、たい焼きが二つ、にゅっと出てきて視界を占拠した。
ビックリして顔をあげると、須藤くんが私にたい焼きを二つ差し出しているところだった。
そのままお互い相手を見て
「あ」
と一言。
須藤くんも、さっきまで着ていたセーターを脱いで腰に巻いていた。
須藤くんが、フッと目を細めて笑った。
つられて私も笑顔になる。
「...お揃い、ですね。」
控えめに、そう言ってみると
「...ですね。」
って、須藤くんのそんな返答にさえ、私がどれだけ嬉しくなるか。