金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
私は、そう言って、なんとなく安心したんだ。
須藤くんが言ってくれたことがゆっくり嬉しさに変わっていってたのと共に、いくつかの気持ちを重ね合わせたお礼を言えたことで、気を緩めてた。
...だってまさか、ここでくるなんて思わなかった。
須藤くんは、私のお礼に軽く頷いてから、頭をガシガシとかいた。
そして、私と同じように、鯛の腹をのぞき込むようにして。
それから、顔を上げて少し左の方を見ながら。
今まで聞いたことないくらい、小さく掠れた声で、私に言う。
「...本当は、今日も、ずっと可愛いと思ってた。」
ーーー本気で息が、止まった。
まさにその時飲み込みかけていたたい焼きが、喉に詰まってむせる。
体の奥の方から、何かが、ゆっくりと駆け上って来る。
止まらなくて、私は左手を口に当てて咳き込んだ。
むせて、明らかに動揺している私が恥ずかしくて、でも正直それどころじゃない。
...だって、でも、こんなこと、信じていい?
...須藤くんが私を
...可愛いって言ってくれた可愛いって言ってくれた可愛いって言ってくれた...!!
駆け上って来た途方もない嬉しさに、ただでさえうるさい鼓動が、より一層激しく律動を刻む。
私の心は、愛おしさでいっぱいになる。
...ねぇ、須藤くん。
...耳が赤いのは、夕焼けのせい?
...それとも...。
須藤くんの、見えそうで見えない横顔を見るのが、こんなにももどかしいなんて。
今、須藤くんがどんな顔をしているのか見たい...。
そう思って、手をベンチに戻して縁を掴んだ時
...明らかにそれと思う暖かさに、触れた。
お互いに、自分の手が触れているものに驚いて、バッと顔を見合わせた。
何かを考えた訳ではなく、反射的に。
須藤くんの、あの瞳が、心做しか小さく揺れているように、思う。
私の瞳も、心と共に揺れているだろうか...。
私達は、理解した上で、何も言わずに、目線を元に戻す。
...お互いに、手を、退かすことはなく。
まっすぐ見上げた先で、まさに今、夕日が沈もうとしていた。
大分暗くなった空から目線を下げていくと、薄く伸びた雲の下に、赤とオレンジの絵の具が色鮮やかに広がっている。
円淵が波打ったように揺れて、溶けだして、見事なグラデーションを描く。
「.....綺麗。」
そう呟いたのは、どっちだったのか。
...どっちでもいい。
その時、確かに2人は、同じ気持ちだったのだから。
重ねるわけでもなく握り合うわけでもなく、ただ触れている指先から、この想いの全てが伝わる気がした。
私達はいつまでも、夕日を見つめていた。