金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
私が何も出来ないでいたら、その人はおもむろに膝を折って私の荷物を拾い始めた。
あっ………。
その人のその行動で我に返ったように、私も荷物を拾い始める。
本当はお礼を言わなきゃいけなかったのかもしれないけど、ただでさえ何も言えなかったのに、咄嗟に言葉を返せるわけが無かった。
それから、自分の荷物が全部はっちゃけられているということの意味がよく分かった。
お昼のパンの残りから、さっき里美先生に借りた本まで、全部全部その人に見られてる。
気付いて、あっという間に顔が赤くなった。
でも向こうにとっては私が赤くなる意味が分からないだろうし、今顔を見られたら今度こそ絶対『変な子』認定確実だ。
私は、なるべく髪で顔が隠れるように深く俯いた。
あぁ…もうこの恥ずかしくなるとすぐ顔に出ちゃうのもなんとかしたい…。
すると、不意にその人が口を開いた。
「…これ、面白いよね。」
私は、驚いて目をパチクリした。
まさか話しかけられるなんて思わなくて。
それから、何のことを言っているのかも分からずに見上げると、その人はさっき里美先生に借りた本を持っていた。
えっ…この本読んだことあるの…?
また驚いたけど、やっぱり声にならない。
その人はその本の表紙を見ながら言う。
「…もう読んだ?」
私みたいにボソボソした喋り方じゃなくて、でも変に張り上げたりしない、淡々と響く心地よい喋り方…。
ってそうじゃなくてそうじゃなくて、今質問されたっ…。
「…っ…ま、まだ…。」
なんとか絞り出した声。
…せっかく話しかけてくれたのに、すっごく小さい返事になっちゃった…。
申し訳なさと恥ずかしさで、また顔に熱が集まってくる。
その人が「…そっか。」と言うのが、やけに遠くで聞こえた気がした。
なんだか、体がふわふわする。
心臓はさっきからずっとバクバクして苦しいし、手はじんわりと汗ばんでる。
俯いてるからあの人がどこを向いてるか分からないけど、この空間にいるだけですごく……。
「…あ、ありがとうっ。」
耐えられなくて、私は右手を出した。
今度は向こうが何のことか分からずに目をパチクリする番だった。
…そ、そりゃそうだよこの言い方じゃ!
「…いや、あの違くてっ…本を…か、返してもらおうかと…あっ、拾ってもらったのが嫌だったとかじゃなくてっ…えと…」
しどろもどろで、私は焦ったように身振り手振りで訴える。
その人はハッと気付いたように本を差し出した。
「あ、ごめん。」
私はペコペコお辞儀をしてそれを受け取った。
「…あ、あの、拾ってくれてありがとうございましたっ…。」
それじゃ、と腰をあげると、下から見上げたその人とばっちり目が合ってしまった。
思わずそのまま固まる。
そんな私を見て、その人も立ち上がった。
そして、私の目を真っ直ぐに見て、それからちょっと微笑んだ。
「…またね、長谷川さん。」