金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
細かい絹のような肌触りのいい風が、窓からゆるやかに流れ込んでくる。
同じ風でも、こないだとこんなにも違うものかと思うほどだ。
だんだん、須藤くんという人が分かってきた気がする。
ユーモアがあるっていうか、冗談を言うようなところもあって、でもそれだけじゃなく、強引に進めていくようなところもあって、いたずらっぽいところもあって、でもそれらを全て包み込むようにあるのが、優しさ…。
多分、そんな感じ。
須藤くんは顔を上げて私に言った。
「じゃあ、お互いに分からないところがあったら相手に聞くっていうことでいい、かな?」
私はもちろん異議など無く
「うん。」
と首を縦に振る。
須藤くんは私の了承を確認すると、教科書を広げてページを捲り始めた。
...正直、正面で向き合うと、思っていたよりも距離は近く、まともに顔を見ることさえままならない。
声がいつもより近いのは、一緒に帰った時に比べればまだ大丈夫だけど、こんなに近いところで、顔を正面から見るっていうのはかなり...。
カリ.....
シャーペンで書く、そんな些細な音も、いつもより耳につく。
時折、須藤くんが教科書に引いているのであろう蛍光ペンの音が、リズミカルに鳴ったりする。
...須藤くんは真面目にやってるんだから、私も不純なことを考えずに勉強しなくちゃ。
私は問題に集中し始めた。
数学において、理解したこと=点数を採れること、ではないらしいと気付いたのはいつ頃のことだったか。
授業時に分かっても、テスト前に参考書で解いてみると、どの問題に何を使えばいいのかが分からないから、解くことが出来ない。
テストなんて更に使われる数字が違ったりするから、もうお手上げだ。
結果、授業の範囲の類題は色々はやったけれど、テストでは解き方がなんとなくしか分からなくて最後の答えまで出せない、ということになってしまう。
そして分からなければ楽しくないから、数学に苦手意識が湧いてきてしまう、という負の連鎖が続く。
問題を解説されたらその時は分かるんだけど、じゃあテストで出来るかってなると...というのはそういうことだ。
それでも分からないことにはどうしようもないので、参考書に出てきた問題の一つを、須藤くんに聞いてみることにした。
「...あ、あの。」
思ったより小さく擦れた声になってしまい、私は咳払いをした。
すると、須藤くんが気付いて私の方を見上げる。
「ん?」
「...あ、質問、なんだけど...今大丈夫?」
おずおずと問いかけると、須藤くんは身を乗り出して私の参考書を覗き込んだ。
「大丈夫だよ。...どれ?」
ドキン、とした。
須藤くんの整った顔が、ぐっと近づいて私の目の前にある。
前に傘の中で近づいた時より、座っている上須藤くんが若干かがんで覗き込んでいるので、頭の高さが同じぐらいだからか。
...ち、近い...。
私は動揺が顔に出ないように気をつけながら、参考書を須藤くん側に向けて、問題を指で示した。
「ここなんだけど...この証明って何を使えばいいのかな...。ここの長さの比が分かれば解ける、っていうのは分かるんだけど。」
意識をせずとも、距離感を考えると囁くような声になってしまい、余計に心臓が飛び跳ねる。
須藤くんが、問題を目で追った。
...わ、まつ毛長い...。
思わず見とれてしまうと、左右に動いていた大きな黒い瞳が、パッと私の方を向いた。