金曜日の恋奏曲(ラプソディ)


...わわっ...。



私は慌てて下を向いて、問題を眺めるフリをした。



心臓が、バクバクと音を立てている。



「...これは、」



須藤くんの低い声が下を向いた私の耳元でして、ゾワッとした。



「...多分、教科書の例題にあったのとほとんど同じだと思う。この三角形とこの三角形が合同ってことが分かれば...」




須藤くんの説明が、右の耳に入ってそのまま左の耳へ抜けていく...。



先生とかに聞くより遥かに分かりやすい気がした、けれど、正直言って、ほとんど入ってこない。



...うう、失礼って分かってるけど...。



...すみません、これじゃあ、やっぱり数学どころじゃないです...。




所々に「...あぁ。...そっか。」なんて、さも分かったような相槌をしながら、実際は心臓の鼓動の音にかき消されて、途中からは特にあんまり聞こえていないという状況。



でも同時に、どこかで冷静な私が、須藤くんの説明に凄く分かりやすいと感動している気もした。



...きっと、相手が須藤くんだからこそこんなに集中出来なくて、同時に、他の人の解説より理解出来ているんだと思う...。



「...っていう感じかな。分かった?」



「...う、うん、ありがとう。」



正直微妙ではあったけれど、私はペコペコと頭を下げた。



視線を合わすことこそ出来なかったけれど。



…もう一回須藤くんが教えてくれたことを脳で再生しながら考えてみよう...そうしたら分かる気がする。



そんな風に考えて、教科書を引っ込める。



須藤くんが「良かった」と息をついて、私から離れた。



罪悪感を感じなかったと言えば、嘘になる…。



須藤くんが座り直して、身の回りの教科書類を整えながら、呟くように言った。



「...数学って、授業で分かった、と思ってもテストじゃ出来ないよね。」



...あまりにも、私が思っていたことと同じ過ぎて、咄嗟に言葉が出なかった。



やっと須藤くんが私に同意を求めていると気付いて、なんとか口を稼働させる。



「...そ、そうなのっ。」



私はさっき考えていたことを話した。



どうしたら、結果として出すことが出来るのか
って。



須藤くんは笑って、椅子の背にもたれた。



「俺もそう思ってる時、あったよ。
あのね、思うに、数学って、暗記科目なんだと思う。」



「...あ、暗記?」



私は、目をぱちくりした。



数学を暗記科目なんて、初めて聞いた。



「ていうか正確には、入りは暗記、なのかな。
結局理解してないとダメなことはダメなんだけど、それプラス、ある程度解き方のパターンを覚えていることが必要になってくる気がするから。最初は特に。」



須藤くんは、まぁ俺の考えだけどね、と付け加えて続ける。



「数学のセンスがあるないって、結構関わってくるって言われたことあるんだ。
俺、多分センスは無いからさ。でも、考えれば分かる。だから、暗記量が少ない暗記科目って思って、それから自分のものにして考えて行く。

バカな俺がなんで数学の方が出来るかといえば、多分そこなんだよね。
(私は、バカな俺、のところで激しく首を振った。バカだったら、あんなに上手に解説できないのに。)

だからさ、長谷川さんは、解き方自体は理解してるみたいだから、ひたすら何回も量をこなせばいいんじゃないかな。」




...須藤くんの意見に、そうか、と目からウロコの出る思いだった。



確かに私は、量が足りなかった気がする...。



「...そっか。そっか!」



私は須藤くんに笑いかけた。



なんて的確なアドバイスなんだろう。



「いいこと聞いた、ありがとう!」



きっと色んなタイプの人がいるから、違う意見の人ももちろんいるとは思うけど、私にはこれだ、という気がした。



須藤くんは私の顔を見て、それからあの、優しい笑みを浮かべた。
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