金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
静かな沈黙が広がっていく。
なんとなく、なんとなく惹かれていくように、私は引いていた体を戻して座り直していた。
最初は目線があっていたものの、須藤くんの視線はスルッと滑り落ちて、私の顔の輪郭をなぞるように下がり、耳にかけて流していた私の髪の毛に留まった。
私はどうしたらいいか分からずに、目を数回瞬かせて、須藤くんを見る。
おもむろに、須藤くんが顎の下に置いていた右手を抜いて、私の方に伸ばした。
ドキッとして、私は身を強ばらせる。
でも須藤くんは私の顔を見ていなくて、遠い目で、私の髪の先を、掬った。
…鼓動が
私は震える下唇を噛み締めた。
…鼓動が、聞こえてしまいそう…。
須藤くんが首を傾けたまま、私の髪の毛に指を通す。
「…さらさら…。」
うわ言のように、現実味のない響きで、そう言った。
私は、心臓も何もかも、爆発寸前だ。
須藤くんが何を考えているのか、分からない。
私はいまどうするべきなのかも。
ただ1つだけ分かるとしたら、さっき私に触られている時、意識があった須藤くんはこんな心境だったという事。
そう思ったら、変な汗がどっと吹き出した。
…仕返しとか、そんなんじゃない。
須藤くんは、そんなことを考える人じゃない。
でも。
……私が、あなたのこと好きだって分かってやってるんですか?
問いてしまいたくなる。
私と同じことをやっているようで、全然違うんだから。
重みが全然、違うんだから。
あなたが何の気なしにやった行動に、私の心がどれだけ揺さぶられてると思ってるのか…。
ゆっくりと絡めている須藤くんの手を間近で見ながら、私はどこか、切なくなる。
骨ばった指に、ドキドキが止まらない。
少しずつ、少しずつ、手の位置が上がってきて、それと共に、私の中で何かがかさを増してきて。
息苦しくなる。
もう、須藤くんの手と同じ、首の高さまできてる。
え、待って…え、どこまでこれ…あの…。
何も声にならない。
呼吸が浅くなっていく。
聞こえちゃう。
もうばれちゃうよ。
何かが。
心臓の音が私の内に大きく響いて、耳の奥から脈打ってくるようにうるさくて、自分の鼓動以外、何も聞こえない。
須藤くんが人差し指で私の顎をなぞって、耳に、触れた、
ーーーま っ て こ れ は
「…あ、のっ!」
目をぎゅっとつぶって、言った。
須藤くんが我に返ったように、大きく目を見開いた。
…そうだ、須藤くんって、驚いたらいつもこうやってどんぐりみたいに目を丸くするんだっけ。
頭のどこかで、そんな冷静な分析をする声がする。
でも、それどころじゃない。
弾かれたように引っ込まれた須藤くんの手を見たからなのか、私の体から、力が抜けた。
何故か、涙が溢れてきそうになった。
須藤くんは、驚いて手を引いたと同時に起き上がって、そのままその手で覆った。
私の体は小さく震えていて、堪えて、呼吸を整える。
須藤くんが顔を隠したまま、小さなため息と一緒に言ったのが聞こえた。
「…ごめん。」