金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
私はどうにも反応が出来なかった。
自分を落ち着かせるように、もう一度、深く深呼吸をする。
さっきの名残が、顔の熱と胸の高鳴りがまだ、止まない。
気づいた時には、さっき須藤くんに触れられた顔の左下と耳を押さえていた。
須藤くんを見ると、まだ顔を手で覆っていて、表情が見えない。
しまった、みたいに、項垂れているように見える。
…静かに、体の内側から冷えていくような、感覚。
ほんの少し前まであんなに高ぶっていた気持ちが、一気にクールダウンしたような。
灰色の感情が、奥の方から溢れてきて、もやもやと広がっていく。
今の須藤くんの気持ちが、こんなにも分かる。
でもそれは、察することができる、という意味で会って、共感できるということではない。
きっと、つい出来心で、特に深くも考えず、流れでやってしまったんだろう。
そこは、私と同じように。
でも、須藤くんはこんなにも後悔してるんだ。
…私に触発されて、雰囲気に呑まれてしまったって、悔やんでる…?
胸が痛い。
…だって、きっとそうだ。
ドキドキして、調子に乗って、でも、すぐに思い知らされる。
須藤くんと私は、違う。
私が須藤くんを好きなように、須藤くんも私を見てくれてるなんて、時々そう勘違いしそうになるけど、そんなことがあるはずないって。
一体何度経験したら、私は期待して傷つかずに済むのかな。
…さっきまであんなにピンク色だった感情は、もうあっという間に、見えなくなってしまったっていうのに。
ついさっきまで熱を放っていた頬にも、今は触れるだけでチクチクと痛みが走るような気さえ、するっていうのに。
須藤くんが、もう一度言った。
「…ごめん…。」
…何にそんなに謝ってる?
何でそんなに、責めて、後悔してるみたいに。
また思考が同じ負のループを辿りそうになって、急いで脳内から追い払う。
行き着く結果は、私を悲しくさせるだけだって、
結局、違うからなんだって。
頭では分かってるけど、ズキッと胸が痛むのはしょうがなくて、そんな自分が嫌になる。
力いっぱい顔を左右に振るのが精一杯だった。
…調子に乗っちゃダメだ。
そう、自分に言い聞かせる。
大丈夫、最初から分かってた。
すると、須藤くんが、私の座っている場所のことにやっと触れてくれた。
「…今日、長谷川さんがこっちに座ってくれたんだね。」
「あっうん。」
思わず食いつき気味に返事をしてしまって、恥ずかしくなる。
そして、不安になる。
顔をあげられないけど、須藤くんもこっちを見るような素振りはない。
…だ、大丈夫だよね?合ってるよね?
…今日も勉強するつもりだったのは私だけ、とかないよね?
でも、それきり、口を開こうとしない須藤くんに、今度は別の不安が音もなく積み重なっていく。
臆病な私は、また、須藤くんを少し盗み見て、唇を噛み締めることしか出来ない。
なんて無力なのか。
不安がこんなに膨らんでいくというのに、為す術がないなんて。
…須藤くん、もう私のこと嫌になっちゃった?
出てきたのは心底からの疑問で、自覚したら余計に悲しくて。
分からない、そう考えるのはおかしいかもしれない。
でも怖い。
何か私が悪いことをしたのかって聞かれれば、
勝手に触っちゃったこと…しか思いつかない。
そんなに嫌だったのかな。
分かんない、分かんないけど、でも。
この不安はどこから来てるのか、分からないことが怖い。
須藤くんの今の感情が見えない。
ただ、いつもより、なんとなく、なんとなく…
近づき難い?…違う。
そっけない?…ううん、いつも通り優しい。
気まずい?…それはそうかも。でも、そうじゃなくて、
須藤くんとの距離が、物理的にではなく、心の距離が、
遠くなってしまった気がする?
…ああ、それだ。