金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
頭がクラクラする。
あの時を思い出す。
二人で、たい焼きを食べた日…。
もう、須藤くんに心配をかけるようなことは、絶対しないけれど。
私は隣に置いていた参考書を、手に取って開いた。
須藤くんも始めたから私も、とりあえず初めてみる。
手に馴染んだ愛用のシャーペンを2回、ノックした。
ざっと目を通して、そしたら息が漏れる。
…xだとかyだとか√だとか7だとか
一見なんの意味もないような文字や数字が並んでて
それが少しずつ( )で区切られていて。
導き出される答えは0?
……
私は、ゆっくりと目をつぶる。
人の感情も、こうやって決められた値になれば、簡単なのに。
…なんて。
解き方全く分からないですけどね。
全然簡単なんかじゃないですけどね。
もう1度、ため息を漏らす。
どうしよう、分からない所ばっかだ
「ちょっと、教えてもらってもいい?」
…耳を、疑った。
あまりにも唐突、というか何の前触れもなく、須藤くんは私に声をかけた。
心臓が跳ねる。
気まずく思っていた気持ちなどどこかへ吹っ飛んで、私は須藤くんの質問に出来るだけ早くリターンを返そうと努めた。
「…もっ、もちろん大丈夫だよ……何?」
妙に張り切った声色に、自分で自分が恥ずかしくなる。
でも、須藤くんの顔はずっと、机に広げられた参考書に向けられている…。
目線が、合わない。
そんなちょっとしたことなのに、チクリと棘が刺さったように、致命傷ではないにしろ、確かに痛くって。
怒ってる、のかな…。
沈んでいく目線を、まるで差し出された参考書を見るためみたいに、心の中で誰かに言い分ける。
須藤くんが、参考書の例文を蛍光ペンでなぞった。
「…時制の一致っていうのは、このthat節の中だと…」
私は目線を文に走らせる。
須藤くんの声はいつもより遠くに聞こえて、形式的に"一応高鳴っている"ような私の心臓の音も遠い気がして、もっと近くの、内側の私がなんか言ってる。
…だめだ、やっぱり、この気持ちを誤魔化してここをやり過ごすことなんて…出来ない。
私は心の中で、耳を傾けた。
…こわい?
それは、須藤くんが?それとも
「……ない。」
私の言葉に、須藤くんが「え?」とこっちを向いた。
やっと、見てくれた。
でも
「…ごめんなさい分からないですっ…。」
私は早口でそう言って、微かに首を左右に振った。
苦しい。
怖い。
油断したら、泣きそう。
もう、分からない。
須藤くんは、今何を考えてる?
須藤くんが、目を伏せた私をじっと見ている。
でも、それじゃ、こっちを見るだけじゃ、分からないよ。
分からないことは、怖い。
じゃあ、どうすればいい?
苦しくて怖くて泣きそうで、分からなくて、そのことが、不安で、あの日にそっくりで。
そんな自分を、どこかで、このままじゃいけない、と思っている自分がいる。
もうあんなことにはならない、て決めた。
変わる、ってりっちゃんと約束した。
里美先生が、応援してくれた。
分からない?
ーーーーーーだったら、聞けばいい。
息を吸った。
考えないと息をするのも忘れてしまうくらい、頭は真っ白で、震える。
あれだ、今まさにアドレナリンがドパドパ出てる感じ。
言うぞ、言ってやるんだぞ、って。
…お願い、声に変わって。
「…ごめんなさい、私…須藤くんが、何を考えているのか分からない。」
震えたけど、気持ちはしっかりしてる。
分からない。
…そう。
だから、知りたいの。
須藤くんの顔を見た。
目線があった。
…近い。
須藤くんはこんなにも近い。
あぁ、大丈夫だ、私。
口を開いた。
「…私のこと…嫌いになりましたか?」