金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
笑い声は少しずつ、浮かんでいた泡々が弾けて無くなっていくように、密度を減らして終息した。
…はーっ、と、息を吐く。
須藤くんは笑みを浮かべたまま、目を伏せた。
「…俺そんな、怖かった?」
私は少し、ドキッとする。
またあらぬ誤解が起きてはいけない。
「…あ、ごめんなさい…私早とちりで。」
けれど、私の謝罪は何か違ったようだ。
「あ、いや、そうじゃなくて。俺の問題なんだけど…。」
須藤くんは言葉を濁すと、また顔を覆って、ため息をついた。
僅かな瞬きと共に、僅かな痛みが募る。
…あ、ほら、それ…。
そうやって、すごい反省してるみたいなやつが…。
もやもや、もやもやが生まれてくる。
嫌な感じ。
…嫌だ。
私は逸らしくなって、でも、堪えた。
…嫌だけど…だめ。
…逃げちゃだめ。
知りたいんでしょう?
…だから、私の勝手な想像の須藤くんじゃなくて、本当の須藤くんを見るの。
伸ばしたカーディガンの袖から、男の子の手が覗いて、須藤くんの顔を隠している。
どんな表情をしているかは、分からない。
知りたくない気持ちと…やっぱり、怖いから知りたくなんてないって気持ちが、滲む。
でも、それだって、私の勝手な想像にしか過ぎないんだから。
私は恐る恐る、須藤くんを伺い続ける。
見えるのは、まだ少し乱れたままの前髪と、ほんのり赤い耳…。
……ほんのり赤い耳?
ドクン、と心臓が揺れた。
わずかに息を飲む。
…いや、違うかも?でも
……まさか……。
胸が、早鐘を打つ。
煩いくらいに。
「…耳、赤い…よ?」
私の声は、部屋に谺響する。
須藤くんの手がずらされて、心做しか潤んだような瞳が向けられた。
「…そりゃあ…恥ずかしいでしょ…。」
…体の奥の、何かかが鷲掴みされた感覚が体内を走った。
…恥ずかしい?
…恥ずかしかったの…!?
さっきとは少し違う、嬉しさもはらんだ笑いが、込み上がってくる。
…須藤くん、恥ずかしかったんだ…!!
どうしよう。
にやけが止まらない。
あぁ~、とまた思い出したように唸る須藤くん。
こんなの…可愛すぎるよ。
「…そんなに、恥ずかしいの?」
ちょっとだけ、ちょっとだけ意地悪な気持ちが出てきて、私は聞いた。
もちろん、笑いを堪えながら。
須藤くんは、指の隙間からまた目だけを覗かせる。
「…長谷川さんも、恥ずかしかったでしょ?」
…な、なんと。
須藤くんは、頭がいいというか…本当に狡い。
こっちが仕掛けにいったつもりなのに、一瞬にして私の立場も危うくなった。
顔があっという間に火照る。
私はいつも余裕がなくて須藤くんにドキドキさせてばっかりで、なのに須藤くんは正反対で、いつも余裕そうに見えた。
だから、こうやって、須藤くんが恥ずかしがってるなんて思わなくて新鮮で、けれど、それでも、私よりは一枚上手なんだなぁ…と。
…敵わないです。
完敗した気持ちで、私は頭を垂れる。
「…はい。…あと、申し訳なさで…いっぱいで…。」
そう言ったら、須藤くんも、目をつぶって笑う。
「…はい。俺もです。」
………あ。
その時、何かが、ストン、と落ちた気がした。