金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
怖くても、逃げずに、勇気を持って、聞けた。
まずそれが、大きな変化だ。
須藤くんはそんな私を、まっすぐに受け止めてくれる人だった。
だから、見つけられた。
きっと私はもう、不安になって泣いたりしない。
進めるのは少しずつだったし、自分では頑張ったことも、長い目で見たら些細なことなんだろう、と思う。
けど、確かに、私は変わることが出来ているんだと。
それは、大きな自信になる。
須藤くんは起き上がって、私もやっと笑いが止んで、参考書をたぐり寄せる。
…そうだ、須藤くんに質問されてたんだった。
ひとしきり笑って、笑い疲れたみたいな空気が部屋には漂っていた。
それでも、私が須藤くんを見ると、須藤くんはちょっと笑う。
私も、笑う。
お互い、思い出して、恥ずかしいって思う。
なんかむず痒いけど…悪くない。
「…あの…ここの解説するね?」
私が参考書の例文を指さすと、須藤くんも思い出したように言う。
「…あ、お願いします。」
須藤くんが椅子を引いて、座り直した。
私は蛍光ペンを取り出して、須藤くんがさっきしていたように自分の参考書に線を引く。
「…まずここが主文、こっちは複文になって…」
須藤くんは自分の参考書と見比べながら、頷いている。
同じ参考書の同じページの同じ例文が、黄色い私と、水色の須藤くん。
うん、なんか…悪くない。
そこで、あ、と私は手を止めた。
文節で色分けしたいな、と思ったのだけれど、私は蛍光ペンを1本しか持ってない。
…ええと。
私はペンケースに手を伸ばしたまま止まり、考える。
けれど、私が言うよりも早く、須藤くんがそれを差し出した。
「…あ、使う?」
水色の、蛍光ペン。
…よく気付いたな、と思った。
…本当に、須藤くんはよく見てる。
「…ありがとう。」
私は笑って、有り難く借りることにした。
受け取って、キャップを外す手が、震えそうになる。
…いつも須藤くんが使ってるんだ。
意識したら、手が勝手に汗ばんできて、返す時にベチョベチョとか嫌すぎる!と焦る。
と、手持ち無沙汰な須藤くんに気が付いた。
「…えっと、須藤くんも、使う?」
私が差し出したのは、私の黄色の蛍光ペン。
「…あ、うん、借りる。」
須藤くんも私から受け取ると、私と同じように色分けして引いた。
やたらと、ドキドキする。
悪くないどころか…すごい、良いじゃないか。
「ありがとう。」
須藤くんがそう言って黄色の蛍光ペンを私に見せたので、私はハッとして水色の蛍光ペンにフタをした。
それから、挙動が不審だと思われないように、落ち着いて、小さく深呼吸をした。
お互い質問のために身を寄せ合うという動作には慣れて、何も言わなくても近づき合う。
けど、気持ちは全然慣れることなんてなくて。
鼓動がバレないように、息を詰めて、解説を再開した。
程よく緩んだ空気が、優しく私たちを包む。
気が付けば薄く茜色に染まった空から、夕暮れ時の光が窓へ照らし、部屋を、私たち二人を、暖かに浮かび上がらせていた。