金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
さっきまでの嬉しい気持ちが一転、勢いよく突き落とされた気がした。
ざわざわざわ、と首筋が逆立ったのが分かる。
目の裏に、圧迫感を感じる。
強い目眩だ。
私は震える唇を開いた。
「…ずっと、っていつぐらいから…?」
こんなこと、梅田さんに聞いても仕方が無いのに。
でも、梅田さんは少し首をかしげて考え込んだ。
「…えっと…あたしもその時聞いたんだ、それ。気になって。たしか、ここ2、3ヶ月のことでは無いって言ってたかな…。」
目眩が強くなる。
脳の動きが鈍い。
薄っぺらい希望は、容赦なく打ち砕かれて。
「ここ半年くらいはもう、ずっと好きみたい。」
悪気の無い梅田さんの言葉が、私にトドメを刺す。
…須藤くんと私が初めて会ったのは、わずか三ヶ月前のことだ。
「…大丈夫?」
私の様子がおかしいと気付いたのか、梅田さんが気遣うように問いた。
「あ、大丈夫大丈夫…。」
私は努めて明るい声を出した。
「…教えてくれて、ありがとう。」
そう言うと梅田さんは少し言いずらそうにして
「…いや、あたしこそ。長谷川が思いの外いい人だって分からなかったら、多分言ってなかったし。」
私は微かに首を横に振る。
…私は全然いい人じゃないし、梅田さんはきっと、私がどんな人物だったとしても結局は教えてくれたに違いない。
あたしはさ、と梅田さんが自分のポニーテールを触った。
「悠太くんと長谷川さんの関係なんて、全然知らないよ。けど、これ聞いた時…あぁあの子だって、長谷川さんだ、って思ったんだよね。」
梅田さんは微笑した。
私と目が合う。
私は目を瞬く。
「やっぱり悠太くんには幸せになってもらいたいし?」
そして、梅田さんの表情がフワッと緩んだ。
「…今は、長谷川さんで良かったって思ってるからね。」
…嬉しい言葉。優しい梅田さん。
でも、詰まって、何も言えなかった。
…だって、違うよ。
…ありがとうなんて、言える訳ない。
頭の中にガンガン響く。
…須藤くんの好きな人は私じゃ
「あっ待ってやば!あたし生活指導の小田に呼び出されてんだわ!」
突如として、梅田さんは口に手を当てて大声を出した。
私は勢いに圧倒される。
「…あ、いいよ行って。」
私がそう言うと、梅田さんは、ごめん、というように手を合わせて
「ありがと長谷川さん大好き!」
と叫んだかと思えば、そのまま手を振りながら走り去った。
…最後まで、嵐みたいな人だ。
クスッと笑ってしまう。
あっという間に、梅田さんの足音は遠ざかっていく。
…思ってた人と、全然違った。
…きっとこうやって、周り笑顔にしてるんだな。
…須藤くんとか。
口角が下がった。
背中の壁に、ズルリともたれた。
ズキズキと痛む。
…あれ、おかしいな。
私は喉に手をかける。
…もう終わりって、決めたはずなのにな。
…泣きそうだ。
喉に引っかかって詰まった、伸縮性のある梅干しの種みたいなやつが、いつまで経っても無くならない。
…須藤くんに幸せになってもらいたいって、恋敵を応援できるなんて、やっぱりすごいよ。
…でも、梅田さんは応援してくれたけど、ありがとう、なんて言えなかった。
言える権利なんて、あるわけない。
須藤くんを幸せに出来るのも、私じゃないから。
現実は重く、私にのしかかる。
須藤くんの好きな人は、私じゃない。
…そう
あの時も
あの時も
あの時も
あの時も
あの時でさえも
……須藤くんの心にいたのは、私じゃなかった……。
それだけで、こないだの私の決意なんていとも容易く揺るがすくらい、涙がこぼれ落ちそうになる。
目を瞑った。
胸が、張り裂けそうに痛かった。