金曜日の恋奏曲(ラプソディ)



私は膝の上の手を握りしめる。



二人とも黙っている。



沈黙が空間を支配する。



威圧感が広がった。



…りっちゃんはユラリと、揺れた。



「…………怖い?」



確認するようにその単語を唱える。



私は何も反応をしなかった。



りっちゃんは小さく深呼吸をすると、私に向かってはっきりと言った。



「…甘えてんじゃないよ。」



迫力のある 低音に、ドキリとする。



それを皮切りに、りっちゃんは重ねるように話し始めた。



「怖い?…そんなの皆そうだよ。琴子だけじゃない。
一歩踏み出す時に、怖くない人がいるとでも?そりゃ程度はあるかもしれないけど、多くの人がそうなの。
怖いから動かない、なんてみんなが言ったら、何も始まらないし何も変わらないよ。

私だってそう。私だって怖いよ。すっごく怖いよ。脚だって今も震えてるよ。
でも、いつも、琴子が背中押してくれてるから!勇気出して頑張るの。怖いけど、頑張れるの!
琴子は?違う?」



淡々と、りっちゃんが話す。



前の時の怒鳴り散らすような言い方とは違う。



でも、どこか早口になってつらつらと言うのは、りっちゃんの癖らしい。



そして私はそういうのに弱いらしい。



泣かないように、下唇にぐっと力をいれた。



りっちゃんが、私に一生懸命伝えようとしているのが分かる。



「通過点なんだって。諦めたら終わりなんだって。」




言葉たちが、耳の中で反響する。



どうしたって心を揺さぶる。



それでも私は頑なに首を振らない。喋らない。



りっちゃんに言われたことに、反応を示さない。



…だってそうしたら、負ける気がする。



勝ち負けなんかじゃないのに、私のプライドは本当に安っぽい。



分かってる。



分かってるんだ。



…でもどうしても、無理なんだ。



りっちゃんがそんな私を見て、もう1度口を開いた。



「確かに、私は琴子の気持ち全部を理解することなんて出来ないよ。
でも、琴子だってきっとそう。私のこと全部はわからない。

そこで、じゃあお互い分からないから、はいさよならって、諦めたらそこで終わりじゃん。サミシイよそんなの。

何のために一緒にいるの?
相手の気持ちを想像して、助け合っていくしか無いんじゃないの?」




ぐぅの音も出ない、てこういうことを言うんだろう。




遂に私の切り札までビリビリに破かれて、私は本当に言えることが無くなってしまった。



私の気持ちはりっちゃんに分からないだろう。



でも、そんなこと言ったら、私だってりっちゃんの気持ちが分からない。



当たり前のことだ。




それだけ幼稚な理屈のコネ方だったってこと。



私は黙っていた。



今度は本当に、何も言えなかったから。



りっちゃんがため息をついた。





「…私は行くよ。」





私になす術などなかった。



引き止めることも、促すことも。



ただ黙って、膝の上で握られた拳を、穴が開くほど見つめていた。





「琴子もよく考えて!」




りっちゃんは私にそう怒鳴った。



そしてそのまま、ケータイを掴んで廊下へ走っていく。




私1人が、ポツンとその場に残された。


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