金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
私は再びホチキスを手に取った。
プリントの残りはもうあと僅かだった。
りっちゃんはただ自分の自己中心的な気持ちを優先して、行ってしまったわけではない。
きっと、怖くても頑張る姿を、私に身を呈して見せてくれようとした。
私とは全然違う。
いつも自分のことしか見えていない、私とは。
…また、だ。
私はホチキスを持った手に力を込める。
ガチャン、と音が鳴る。
…また今回も、私が私しか見えていなかったってこと。
終わっている束の上に重ねる。
何回だって、気付かされる。
今までの自分を全部失うくらいはっきりと、自覚した。
私の欠点は全て、自分を中心に考えすぎてしまっていることが元なんだって。
でも、直らない。変われない。
"通過点"
この言葉だけが私を引っ張ってくれた。
でもそれは、自分で変わりたいと願うのに気持ちがついていかない時、りっちゃんが背中をポンッと押して、踏み出させてくれた最初の一歩のことだ。
でも今は。
変わりたい、と願ってはいるけど、それすら怖い。
どうすれば変われるのか、分からない。
自覚は何回もするのに、変われない自分が怖くて、もうこんな自分が変わるのは無理なんじゃないかって。
そう願う権利すら、ないんじゃないかって。
カチャン、と軽い音がした。
紙の左上には、跡が残っていただけだった。
私は不思議に思って見る。
芯が、無くなっていた。
手を伸ばして、りっちゃんが使っていたホチキスを手に取る。
…りっちゃんが言った言葉に納得できても、私の体は動かない。
もう理由付けする屁理屈さえ何も持っていないのに。
…須藤くんに会いたくない。怖い。
それは
どんなにドキドキしたって全部、幻想だって思ってしまうから。
一方的な私の想いを感じずにはいられないから。
須藤くんが優しければ優しいほど、でも須藤くんが想ってるのは私じゃないって、傷つかずにはいられない。
傷つきたくなくて、殻に閉じこもる私。
…これも、いつかと同じ。
もう、嫌になる。
あまりにも変われなさ過ぎて、もうダメなんじゃないかって、思うんだ。
喉の下が酸っぱくなった。
そこで、全部が留め終わった。
私は全てを一つにまとめると、ホチキス二つをその上に置き、抱えて持ち上げる。
なかなかにずっしりと重い。
職員室の方へ足を向けた。
廊下の窓からは、夕焼けの陽。
もう結構良い時間だ。
…須藤くんには、会えないな。
どこかで嬉しくて、どこかで悲しく思う自分がいる。
私は立ち止まって、コンコンコン、と職員室のドアをノックした。
ガラッと扉を開けると、調度目の前を大西先生が通るところだった。
「…おっ、終わったか!」
助かったよ~ありがとな~、なんて軽い調子で言って、私からプリントの山を受け取る。
「あれ?菱田は?」
…察して下さい。
なんて、無理な注文なのは重々承知だ。
「…ちょっと、部活のことで呼び出されちゃったみたいで。」
嘘は言ってない。
でも、余計な詮索をされる前に、一刻も早くここを立ち去りたいと思った。
「…失礼しました。」
そう言って先生が何か返してくる前にドアを閉める。
…あぁ、また、最高に感じが悪い。
もう帰ろうかな、と廊下に向いた時、職員室前の後ろのドアから、見覚えのある人が出てきた。
栗色の緩やかな巻き毛に、窓から橙と茜のグラデーションが光を落とす。
「…里見先生…?」
そう小さい声で尋ねるとその人はこちらを向き、パッと笑顔を弾けさせた。
「琴子ちゃん!」
…えっ、なんで、図書室は?
私は里見先生に駆け寄った。