Melt
避難所
心地よいソファーで小説を開き、有意義に過ごす。
なんて素敵な昼休み・・・それも今、過去形になったわけだけど。
「・・・先輩、何しに来たんですか」
「昼寝。そこ退きなよ」
屈するものかとジト目で見返すけれど・・・根負けして、いそいそと譲る。
もともとヘタレチキンの私に、先輩をどうこうできる器量も度胸もなく・・・。
「先輩、あの、クッションだけでも寄越してくれませんでしょうか」
「は?」
「だからね、ク・・・」
「なに?」
「なんでもないです」
なんなんだよチクショー。負けねぇぞ。負けてるけど。
昨日やってきたこの人は、何故だか今日もやってきて・・・私のソファーと枕替わりのクッションを悠々と使って寝始めた。
2年、水瀬雪都。
成績は学年3位、運動もできるし顔も良い、周囲からの人望もある。
しかしそれも猫を被っているからの話で、その皮の下はとてつもなく口も性格も悪い。
綺麗な名前なのに・・・とてつもなく真っ黒な先輩だ。
「すぅ・・・」
・・・・・・先輩はまぁ、外面も性格も(猫かぶり時は)良い。
そのお蔭で女子からはモテモテ、昨日も「一緒に帰ろう?」という誘いが面倒で逃げていたらしい。そして、開いているはずのない茶道部のドアの鍵が開いているのを発見して逃げ込んだ、と。何たる失態。
この性格をバラしてしまえたらいいのだけれど、「非公式の部室の使用は禁止されているはずだよね?」と微笑まれて、私はこの人に逆らえなくなってしまった。
や、状況としては五分だけれど、頭脳戦じゃどう考えても勝てる気がしない・・・。
あぁ・・・憎たらしい寝顔だ・・・。
こちとら16年間中の下な顔面で頑張っているというのに、この先輩は女ですら羨むような最上の容姿。
「・・・はぁ」
やめよう、生まれた差を恨むのは。
静かに息をついて、私は畳を静かに四つん這いで部屋の端まで進む。
そうして壁を背もたれに、小説の続きを読み始めた。
「・・・・・・藤朱音」
小説に集中し始めていた私に、小さな声が聞こえた。
それは私の名前で、まさか呼ばれるとは思っていなかったので反応に遅れた。
「あっ、はい」
「・・・5分前に起こして」
「・・・・・・わかりました」
「なに、その間」
なんでもないです、と返しながら、踏みつけて起こしてやろうと決意する。
そうして再び聞こえ始めた規則正しい寝息に、随分と睡眠不足なんだ、なんてふと思う。同時に、私の名前を覚えていたのか、と若干驚いた。
昨日の時点で一応名乗ったものの、なんとなくどうでもいい人の名前は覚えなさそうだと、失礼な印象を抱いていたので、少し意外に思う。や、少しどころか、かなり意外。
・・・しかもフルネーム。
変な人だと思いながら、寝返りを打つその人を横目に、私は本のページを捲った。