Melt

「先輩・・・?」
「うん?」


購買にパンを買いに来ただけなのに。


「・・・っ、どうして手を掴んでいるのですか」
「・・・・・・ふふ」


どうしてこうなっているのか分からない。
あ、先輩が見えた瞬間に逃げようとしたから?いやいやいや、それだけじゃないはずだ。

お昼の購買という周囲に生徒が行きかう公共の場所だからか、あの猫かぶりな笑顔を浮かべている水瀬先輩。だが、その笑顔のまま腕を痛いくらいに掴んでくるその憎しみは、一体どこから来ているのだ。
なんにしろ早く離してほしい。先輩といるだけで目立つ。


というか・・・、力つよ・・・っ!!


「ちょ、先輩・・・・・・くっ、離せ腹黒・・・!!」


小さく呟いた言葉に、完璧な笑顔が少し歪んだのは、微妙な変化すぎて私にしか分からなかっただろう。
腕を掴むその手は、私をグッと引き寄せて・・・。


「・・・『離してください、お願いします』は?」


周りに聞こえないように、耳元で凶悪なことを囁いてくる。
しかし私だって全面的に屈するつもりは毛頭ない。

先輩と同じような笑顔を浮かべながら、私の腕を掴んでいる手を掴み返す。


「み、水瀬先輩、『気安く触れてごめんなさい』は?」


これは賭けみたいなものだ。
茶道部じゃ周囲の目が無いから好き勝手に私を脅してくるけれど、周囲の目がある以上、先輩は私に大したことはできないだろう。


「・・・」
「・・・」


いつも自分から逸らしてしまう目を、今日この瞬間は絶対に逸らすまいとじっと見つめ返す。
すると、緩んだ手と、ふわりと花開くように優しい笑顔を浮かべる先輩。逆に怪しい。


「・・・ふふ、ごめんね?藤さんが僕を見て逃げようとするから、嫌われているのかと思って、焦ったんだ」
「ははは」


乾いた笑いしか出ないや。


「そ・・・それは、信じていいんですか?」
「ん?うん、信じて大丈夫」


腕を掴んでいた手は、私の手を優しくとった。
・・・な、何か裏が・・・いやでも信じても大丈夫って、言ってたし・・・。


「あ、今からお昼だよね?行こうか」




・・・・・・・・・ん?『行こうか』?!?
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