Melt
そのまま私の手を引っ張るその人に、首を傾げながらも引かれるままについていく。
向かう先はなんとなく予想がついていたので驚きもしないけれど・・・人気のない三階まで上がってきたところで先輩が真顔になったことに、気付くのが遅れてしまった。
まずい、これはまずい。
かなりイラついていらっしゃる・・・!!
「えと、先輩・・・?」
「鍵」
「へはいっっ!!」
ポケットから取り出した鍵を慌てて鍵穴に差し込み、茶道部のドアを開ける。
そうして室内へ入ったとたん、ガチャンと乱暴に鍵を閉めた先輩に、驚く間もなく、奥の畳へと引っ張られた。
畳の上に内履きとはいえ土足で上がるなんてできないので、乱暴に靴を脱ぎ捨てる。
なになになに、なんなの怖いんですけど・・・!!
そうしてソファーにたどり着いた先輩は、私の手を離さないままソファーに倒れこむようにして寝る体勢に入った。
「はぁっ・・・」
「いやいや、私がため息つきたい気持ちですよ」
「購買行くなら、ここ、開けてから行きなよ」
「・・・はい?」
首を傾げると、やや疲れた様子で「そんなことも分かんないの」とでも言うような目で見られた。いや分かりませんけど。
「分かった?」
そんな随分疲れた目で睨まれても、微塵も怖くありませんが・・・。
「・・・よく分かりませんが、分かりました」
ここの鍵を開けてからどこかへ行くくらい、特になんの問題も無い。
もともと「鍵がしまっている」という認識の場所だし、室内に盗まれて困るものも無い。
そう思って頷けば・・・空いている方の手が、私へ伸びてきた。
「・・・いいこ」
私の頭を撫でてから、そのままその腕で自分の目を覆った。
・・・撫でられた。なんでだろう、ときめかない。優しさが怖い・・・。
あ?ちょっとまって。
「先輩、あの、いい加減手を離してくれません?」
「まだ聞いてないから」
「へっ、何を?」
「『離してください、お願いします』」
・・・えぇ・・・。
「は・・・離してく、」
「ここ開いてなかったせいで、俺追い回されたんだけど」
「・・・はなし、」
「はあぁ、疲れた」
遮ってきやがる。
というか、「嫌われたかと思って焦った」とかいうのはやっぱり嘘か!
「私の腕を千切るくらい掴んでるのは、部室の鍵開けなかったからですか!!?嫌われたかと思ったって!信じて大丈夫って言ってたのに!!」
「バカだね・・・『信じていいか』って聞かれたら、みんな『信じていいよ』って言うでしょ」
しまったっ!!もっともだ!!
・・・先輩は詐欺師か何かだろうか。
いやもう猫かぶりなんて、人を騙すという点に置いて詐欺師みたいなものかな。
「先輩、寝るなら早く寝てくれません?」
「寝たら離すと思うなよ」
声がワントーン低いだけでこの威圧感。
諦めて、掴まれたまま昼食を摂る。幸いサンドイッチだったので、なんとか片手で食べられる。
・・・ん?
「・・・せんぱーい」
「すー・・・」
うわ、本当に手を掴んだまま寝やがった。てか寝るの早くない?
規則正しい寝息を聞きながら、そっと手を離そうと試みたが、案外しっかりつかまれていて無理そうだ。
だからって、この気持ちよさそうに寝ているところを無理矢理離して起こそうという気も起きない。
決して可哀想だからじゃなく、後が怖いからだ。
あぁ・・・3日前に戻って、寝起きからやり直したい。
そう思いながら、先輩の隣で体育座りをして、昼休みが終わるのを待った。