恋色紅茶~コイイロ・コウチャ~
その夜。
彼の淹れてくれた紅茶が効いたのか、終電で何とか帰れた私は、今までになくぐっすりと眠ることが出来たのだが。
出勤早々、同期の子から盛大な謝罪を受けることとなった。
「加藤さん、ごめんなさい!」
同期の子が、ある包み紙を私に見せてきた。
「昨日、自分のマグを取る時に加藤さんのマグも一緒に落としちゃって…」
綺麗に描かれた眉を下げ、申し訳無さそうに彼女はその紙包みを開いた。
中には、一年前にアンティークショップで買ったモカ色のマグカップがあった。
ただし、大きく二つに割れた姿で。
「ほら、加藤さん、このマグカップお気に入りだったでしょう?
だから私、似たようなものを買ってくるから…ブランドとか教えてくれないかな」
ひとつ。
手に取った破片はつるりとした質感で、割れた後なのに、まるで私の指先をも傷つけまいとしているかのように感じた。
一目惚れだった。
ほんの少し背伸びをして、初めて足を踏み入れたアンティークショップで『彼』を見つけた。
薄暗い棚にシャンと置かれたマグは、持っただけで掌に馴染み、柔らかい重さを私へ伝えた。
今思えばそれは、『恋』にも似た感情だった。
「ううん、いいの」
私は同期に笑顔を見せる。
ああ、そうか。
『彼』は、最期の夜を共にいてくれたのか。
もう自分が壊れてしまったと分かっていて。
もう割れてしまったのに、「悲しみ」を何一つ私へ伝える事はせず。
「モノはいつか壊れてしまうから」
壊れてしまったマグをいじらしく慈しむ事をしない私を、『彼』はどう思うだろうか。
少なくとも、「何で壊してしまったの」といつまでも他人を責めて、
彼との思い出を心に残そうとしない私こそを、悲しむのではないか。
──さあ、一息つこうか。
柔らかい紅茶の湯気のような、彼の声が聞こえた気がした。
【擬人化 マグカップ】