ヒーロー(ヤンデレ)が死亡しました
(三)
村外れの墓地。
規則正しく並ぶ十字架の一つにかがみ、花を添える。
手を合わせて、祈る。
正直、呪いと言えども彼の死後にも残り続ける“想い”であるような気がして、それを無くしてしまうことに戸惑いはあったけど。
「村の若い男性たちほとんどが、花と共に倒れてしまってはそうも言っていられませんよね」
本当に強力な呪いだったので、解いてもらうことにした。ここ一週間で被害者八人でしたよ。
「村自体が女日照りだからね。どいつもこいつも、Fなんて言葉だけで釣られるわ」
キセルの灰を十字架にとんとんと降らす母。罰当たりなことをしても、母が倒れないのが不思議でならないほどだけど。
「母さんも泣きそうな顔をするのですね」
「泣かせた男は星の数ほどいるけど、私が泣くことはないわ」
心底嫌そうな顔をして、彼が眠る十字架から目を反らしたままの母なりの強がりは娘である私がよく分かっている。
「ほら、体調戻ったのだから早く行きなさい。日が暮れる前に隣町まで行かなきゃ。モンスターは夜行性のが多いのよ」
そんなことを悟られたくないと出立を急かされた。はいはいと、立ち上がる。
「森に入ると彼に怒られてしまうのですが、今はそうも言っていられないですよね」
「あいつが過保護過ぎんのよ。森と言っても、奥深くまで行かなきゃいいし。モンスターは基本、自分たちを狩る人間たちが苦手なのよ。種類によっては食用だし。鈴つけて進めば、出くわすこともないわ」
しゃんしゃんと腰に携えたモンスター除けの鈴。それに護身用のためが短刀。あとは。
「魔法を使うのに、杖が入り用なのですが」
魔法使いが必ず持っている杖(アイテム)。大概は古来より定着してきた杖が一般的だが、形状は様々で魔法を発するさいに自身の魔力が一番通りやすい物ならば何でもいい。
私が炎を出した時はお玉だった。料理中、火加減弱いなぁ、もう少し火力欲しいなぁと思っていた時にお玉が火を吹いた。
あまりの嬉しさに村中駆け回って、火が出ましたよーと見せてみたが、触媒がお玉とあっては皆が皆苦笑いしかしない。
村のみんななら、生暖かい目で見てくれるが、お玉装備してよその町様に行けば冷たい目で見られる。そっちのが精神的に耐えられない。
「彼の持っていた杖、借りれないでしょうか?」
反則的に強かった彼が所持する杖。彼は黒色が好きなのか、杖すらも同じ色。
しかもか、彫り物がされた儀礼杖(ワンド)で魔法を使うのだからとてつもなく様になる。魔法使いとしての目標。私もあれで火を出せたなら、生暖かい目が暖かい目になっていたかもしれない。
ぜひそれを借りたいと母に言ったのは、あの後の記憶が抜けていたからだ。三つ目の男が死んで、私は彼の首を抱えたまま……以降の記憶が曖昧だった。
気づけばベッド上。彼がカボチャになるまで意識は彼方にあった。
あれだけの惨状がなかったことになっていた家に、彼の私物はなかった。
「ついで、寒さ対策に彼のローブも」
「そうやって首の次はあいつの私物にこだわると思って、燃やしたよ」
「今ならお玉なくとも、火が出せる気がします」
「吹っ切れるには荒療治と思ったけど、あんたも相当だったわね」
ため息とともに、煙を吐かれた。
「母さんはいつもそうやって、大切な人の物を」
今度は煙を顔にかけられたので、言葉途中に咳き込む。
「いつまでも取っておくのがおかしいでしょう。思い出にしがみついたところで、“あいつ”は帰ってこないし」
あいつ。それが彼ではない別の誰かであるのは、容易に察せた。母が本気で愛したであろう、私の父。父の私物もあの家には残っていない。