ヒーロー(ヤンデレ)が死亡しました
三章
(一)
旅と言いながら、隣町まで歩いて半日もかからないことに気付く。
「一日で戻らないと、家が凄まじいことになるかもしれない」
森林と言っても、馬車が通れるようにある程度舗装はされている。
もっとも、馬車なんて月に一度町医者の往診で通るか通らないか程度の話だから、敷き詰められた石はところどころ盛り上がり、隙間からコケを生やしている。
隣町までの単なる道筋にしかならなくとも、これなら迷わず半日でつくだろう。
天高く届く樹木に、無造作に生える花や草。今日は天気が良く、辺りの緑を輝かせているようでもあった。
歩く度に腰の鈴が音を鳴らす。途中、何かの影を見てもどのモンスターも襲ってくることはなかった。
「前のイッカクは、凶暴でしたねぇ」
人からの話で四つ足の弱小モンスターと聞いていたから、森林奥ーー『朽ちた遺跡の森』まで進んだというのに。
「イッカクぐらい楽勝。あんなの赤子の手を捻るぐらいなもんだ。と、旅人さんが言っていたから……」
信じたのに。酔っ払いの言うことは信じないに限る。
今いる『青緑の生え』と名付けられた森は、ああいったモンスターはいない。むしろ、いたらいたで食用。あ、今遠くにいた二足歩行の鳥類のマッハドードー。あれのモモ肉は美味しいんだよなぁ。
涎垂らす前に逃げられた。羽があるのに飛べない鳥は、時速60キロで走って逃げてしまうから、なかなか捕獲出来ない。
「ふう、さすがに」
体重は戻っても、体力は今ひとつだったか。手頃な木の幹に座り、一息つく。
先ほど看板があり、隣町まで後半分であることは確認済み。
ペースとしては遅い方か。家のことも心配だけど、今日は隣町の宿屋で休み、明朝になってから帰るべきかもしれない。
こうして休んでいれば、気を利かした彼が、お茶を差し出してくれる想像をしてしまった。
「……」
まずいと、想像を消す。
膝を抱え、顔をうずめた。
「やっぱり、吹っ切れるわけがない……」
調子を取り戻しつつあっても、ふとした瞬間、何もないときに涙が溢れてくる。彼との思い出を携えて。
死んでしまうとは、そういうことだ。
今までその人のためにしてきたこと、してもらったこと。これからしようと思っていたこと、してもらいたかったこと。
言葉一つかければ、戻ってくる些細な嬉しさが、大きく思えるほど恋しく、出来ないと知り悲しくなる。
彼が戻ってくるのではと扉を無意味に眺め続けた。墓標を掘り返しもしたかった。
夢で見たいと何度も寝たけど、そちらでも会えない。
「会えないんだ……」
ブレスレットが、頬に辺り、垂れた私の涙をせき止める。
彼の形見に口付けをし、いつまでもこうしていられないかと、顔を上げた。