ヒーロー(ヤンデレ)が死亡しました
「フィーさん、先輩をお願いします」
任せたと言うサクスくんは、私たちのより前へーーモンスターと距離を縮める。
私が危ないと言う前に、サヌッテさんが叫んだ。
「やめろ!自警団はすぐに来る!ーー“使うな”!」
それはモンスターに対する警告ではなく、サクスくん自身に対する警笛のような響きだった。
今にも飛びつきそうなサヌッテさんに、サクスくんは軽く笑い。
「そーいうこと言ってくれる人たちがいるから、使わなきゃいけなくなるんすよ」
前を、見据えた。
迫り来る異形たち。何の躊躇いなく人々を殺すことは、ギョロつく三つ目が物語る。
私は恐怖した。けど、彼の背中は震えず、むしろ堂々としていて。
「“変異、召喚”」
誰かを守る勇姿が、そこにあった。
法衣の下。ベルトのホルダーに取り付けられたいくつもの小瓶。その一つを彼は右手に取り、呪文を口にする。
呪文を口にする魔法は上位の物と母は言った。ならば、今彼が行使している魔法は私とは比べ物にならないもの。
彼の右腕が言葉通りに変異する。
灰色の雄々しい角は、いつぞや見たイッカク(モンスター)の物と同じく巨大。重さなど気にもしないのか、彼は殴るように腕を振りかぶった。
クモの足も応戦するが、串刺し程度の攻撃力じゃ拮抗するわけもなく、圧殺。墓標のように突き刺さる角は、仲間がやられて怖じ気づくモンスターへとすぐさま向けられる。
サヌッテさんを拘束した糸が吐かれた。観音開きとなった口の下にはいくつもの牙。捕らえた後に食すつもりであっても、サクスくんは既に難を逃れている。
高く飛ぶ姿は月と重なる。クモに彼の影が覆い被さるとき、また墓標が出来上がった。次は深く、地響きすらも感じよう墓場作りだった。
二体がやられ、敵前逃亡を図る最後の一体。それは、モンスターから逃げ惑った人々と近しい後ろ姿だった。
「逃がすわけ、ないっしょ」
淡々とした口調で、追い詰める。
人間の足では真似できない一足飛びで距離を縮め、胴体に風穴をあけた。
「“あいつ”、どこっすか」
角を刺したまま、痙攣する体を宙吊りにするサクスくんには、今までの面影がない。
けれど、どこか見覚えがあった。
「司祭さまの声を奪った奴は、どこにいるっ!」
大切な何かを傷つけられた時に、憤る姿は、まるでーー
「いい加減にしろっ、この不良!」
それに待ったをするのは、同じくサクスくんを大切に思う人だった。
糸が切れるなりに、サクスくんに拳骨。
今まであった行いに恐れることなく、むしろ、怒りながらサヌッテさんは言う。
「守る力と、殺す力を履き違えるな!まったく、おまえはっ、どうしてっ、こうっ、耳はついているっ、くせっ、にっ!だいいち、消えろ、とっ、言ってっ、このっ!」
言葉の区切り区切りに鉄拳制裁。
タンマタンマと、サクスくんの腕が元通りとなって、両手を広げている。
「せ、先輩、痛いっすよ!」
「黙れ!下等な不良のくせして、僕の言うことを聞かないからだ!聖職に身を置くなら、無益な殺生が御法度とは分かるだろうが!」
「で、でもっ。オレなら、別に何とも」
「若輩が身も心もすり減らしてどうする!身の程を弁えろっ、余計なお世話が出来る立場か、貴様は!役に立たんなら、邪魔にならないように逃げ惑っていろ!」
な、なんだか、私の耳にまで痛い説法だった。思わず、もうそこら辺でと口出す矢先、サクスくんが倒れる。
「サクスくん!?」
そんなに痛い拳骨だったの!と心配する前に、その体をサヌッテさんが支えていた。
「見たことかっ。しゃしゃり出るからだ。聖職者として高貴な僕の評価が欲しいならば、次からは大人しくしていることだな!」
「先輩の言葉でも無理っすよ。だって、誰かが危なくなったら自分なんて二の次でしょ?」
先輩みたいに、と付け足すものだからまた叩かれていた。
「あ、フィーさん。すみません、巻き込んで」
「い、いいですから。それよりサクスくんが」
「へーきっす。魔法使うと毎回こうで。それで、司祭さまの件、なん、です、け……ど」
「だ、大丈夫なので!?」
「貴様の耳も機能不全か?心配することではない。この不良の魔法は特殊らしい。体力の消耗が激しいが、寝れば回復する。不出来な奴の始末は上の者の役目だからな、下たる貴様らは己のことだけを考えていろ。上の者らしく、僕はこいつを矯正する。一晩みっちりとな」
心配せずとも、サヌッテさんが一晩かけて介抱してくれるらしい。
任せるしかないかと、頷く。
静まり返った通りに、自警団たちの足音が響く。報告のあったモンスターたちの惨状にまたかと呟く中。
「“化け物”(あいつ)が、またやったか」
そんな、言葉を聞いた。