ヒーロー(ヤンデレ)が死亡しました
(二)
一匹のネコが、怪我をしていた。
当然ながら拾い、幼き頃より住むくたびれたログハウスたる我が家に持ち帰ったわけだけど。
「フィーナ、それはネコじゃない」
鍋をかき回すエプロン姿の彼に、まさかのネコじゃない発言をされてしまった。
「ネコです、ネコ。ネコと思い込んで怪我が治るまで、飼います」
「目が三つ以上ある動物は、全てモンスターだから。ああ、でも、食材には良さそうだ。ワインで煮込めば臭みも消えてーーはあ、分かったよ。分かったから、そのネコを庇わない。モンスターにまで嫉妬してしまいそうになる」
食材認定から、ネコ認定されたネコを治療する。とは言っても、薬草を塗って包帯をするだけだけど。
「あ、クラビスさんのチート技……じゃない、魔法で」
「俺、フィーナのため以外に魔法を使いたくない。この前のサチさんは、君の母親だからにせよ。そんなネコ程度に魔法を使いたくないんだ」
彼なりの戒めがあるのか。無理強いしてもいけないかと、ネコの鼻先をつつく。
「そういえば、母さんはどこに?」
「ああ、隣村までタロウーーじゃない、隣村に用事があるからで行っちゃった」
さらりと出た男性の名前は聞かなかったことにしよう。母さん、病気の時は不特定多数の屈強なお見舞いがあったからなぁ。父なき今にして、病気治った今、自由に生きていく道を選んだか。
「サチさん、今夜どころか、しばらくは帰って来ないみたいだ」
「二人っきりですねー」
「そうだね」
「あ、今はもう一匹いますねー」
「やっぱり、食べるか」
せめて治して下さいよっ、と背中から抱き付く彼に言っておく。
母の目がないからこそ、甘えてくる彼。
私より年上なのに、二人っきりになるとこうして来ることが多い。
かっこいいのに、可愛い。普段の彼は物静かで、着ているローブの色がとても似合う凛とした性格なのに、こんな姿は私の前でしか見せないのかと嬉しくなってしまう。
「二人っきりになりたいので、ネコを治して下さい」
「俺も、フィーナにはほとほと甘いよ」
自覚はしつつも、矯正不可な甘さは砂糖と蜂蜜を混ぜ込んだに等しいものだろう。
時折、胃にもたれてしまうほど過剰な甘さでも、彼のだと思えば飲み込んでしまう。
さてと、ネコに手を伸ばす彼。目を細めて集中する最中ーー
「お前……っ!」
彼の体が、明後日の方角に弾け飛んだ。
事態把握前に、喉元に刃を当てられる。腕を締め上げられ、背後からぐっと体を寄せるのは知らない男。