ヒーロー(ヤンデレ)が死亡しました
四章
(一)
善は急げと言うべきか。サクスくんの体調の心配もあったけど、一晩寝れば完璧に元通りになるらしく、大木の幹を飛び越える足は軽やかな物だった。
「サクスくんは運動神経がいいのですね。昨晩のジャンプも、鳥顔負けでしたよ」
「あー、あれは一時的なものっすよ。見た目で変わったのは右腕でも、実際は身体能力もモンスターのそれと同等です。だから、体力消耗し過ぎで、すぐにダウンするんすけど。三分持てばいい方です」
大木が連なる足場で転ばぬようにと、手を伸ばされた。しかして、引っ込められる。
「下心ないっすから!フィーさんが転んで怪我したら、一番嫌なのクラビスさんじゃないですか。オレのわがままで危険地帯まで来てくれるんすから、必ず無傷で帰すんです!」
どうやら、彼に物申されたらしい。
サヌッテさん譲りか、サクスくんもまた親切心が大きい方。それで首を絞められては可哀想だと、一人で歩く。
「平気ですよ。私も、運動神経はいい方ですから」
主に逃げることで鍛えた足だけど。
「それにしても、ずいぶん森の奥まで来ましたね。ここら一帯は、何という場所ですか?」
「『迷路洞(めいろうろ)の森』と呼ばれているんすけど。ここらの木、高さがない分、太さがありますよね?これって、いくつもの木が重なりあって出来ているもんなんです」
サクスくんの言うとおり、行く手を立ちはだかるように太いものばかりだった。何本の木が重なり合ったため、ところどころに隙間(うろ)がある。
小さなモンスターたちが、うろを宿屋代わりにしているのが目立つ。どのモンスターも私(人間)と見るなりに、逃げていった。
「本当に、ここに司祭さまの声を奪ったモンスターが?」
「はい。昨日の小物に聞きました」
何も話さず絶命したと思ったけど、サクスくんの質問に答えていたのか。もしくは、幽霊となってから聞き出したのかもしれないけど。
「敵の巣に入ったはずなのに、クモはどこにもいませんね」
「いえ、まだ入り口にも入ってないでしょう。本命がいるのはーーああ、あそこです」
サクスくんの目線の先を追う。
一見すれば崖。行き止まりと思いきや。
「え、これも木?」
樹木独特の質感に、苔色と混ざる茶色。
円周を平面と見てしまうほどの途方もない太さを持った木は、百や二百の木が混じり合ったどころの話ではない。
「これが『迷路洞』。混じり合った木が多い分、隙間(空洞)も然り。中は深く入り組んでいて、一日で出てこれないとかっていう話もあります」
「人も入れる大きさなんですね」
うろの入り口はあちこちにあったが、自然が作ったものだ。どこが中まで繋がっているのか分からない。
「この中にいるのは確かなんす。大きいクモーー女の上半身と黒蜘蛛の下半身をもった奴なんすけど、ええと、あいつが出入りするなら、もっと大きなとこか」
虱潰しかと思えば、きちんと考えはあるらしい。ただ、サクスくんがこれぐらいかなと入ろうとしたうろ(入り口)は3メートル近い高さがあった。
「人間を恐れないほどだから、強いのは覚悟していたけど」
ますます、足を引っ張らないようにしなければ。
「強いのと、弱いのが中でひしめき合っているはずっす。いっそ、この迷路洞ごと燃やそうとも考えたんすけど、それだと司祭さまの声を取り戻せないかもしれませんからね」
「入った途端に、一斉に飛びかかってきそうな」
「今からクラビスさんを憑依させちゃ、オレが持たないっすよ。出来れば、クモ女の時に使いたいけど……」
時と場合によるか。私の魔法が役立てればいいのに。
唯一のランタン代わりも、内部は外と繋がるうろの数が多いため、日の光がそれなりに入ってくる。
「フィーさんに怪我させたくないのはオレも同じっすから、出来れば、クラビスさんだけ憑いてきてもらえれば良かったんすけど」
置いてけぼりはごめんだけど、役立たない者がでしゃばることの方がかえって迷惑になる。それでもついてきたのは、前を歩くサクスくんのぼやき通り、彼が私と離れることをしないからだ。
「なんか、矛盾してません?フィーさんを巻き込みたくないとか言って、結局ーーい、いや、何でもないっす。ここでオレが死んだら、フィーさんクモの餌っすよ」
サクスくんの心配だが、杞憂になりそうなほど、生き物の気配はなかった。
あちこちにクモの巣が貼ってあり、いかにもな雰囲気は醸し出しているが、肩すかしの気がしてきた。
「どこかに出かけたのでしょうかねー」
などと、呑気なことを口にした途端、見計らったように白い糸が体に巻き付いてきた。
私、ではなく。
「フィーさん!」
危険を早くに察知し、私を庇ったサクスが拘束された。