ヒーロー(ヤンデレ)が死亡しました
「司祭、だって……。そうか、貴様、あの司祭の。ふ、ふはははっ、司祭めっ!そんなに声を取り戻したいかっ、こんなひ弱な小僧を使わしてでも!」
高笑いをする蜘蛛女に、今にも噛みつきそうなサクスくんだったが、今度は私が止める番だ。
小物たちも女王の合図なければ動けないらしく、壁となっているだけだった。
「貴様らが欲しいのはこれかい」
見せびらかすように蜘蛛女が持ったのは、丸いフラスコだった。透明なガラスの中には、金色の霞が漂っている。
「返せっ!それを!」
サクスくんの反応からして、“あれ”が司祭さまの声。形なきものをあのフラスコに収納しているのか。
「奪ったものを何故返す必要があるんだい?これは、あたしの物さね」
「どうして、司祭さまの声を……」
こぼれるように出た疑問でも、蜘蛛女には聞こえる。聞いた瞬間、琴線にでも触れたかのように声を上げられた。
「どうして?どうしてだって……!ぜんぶ、全部全部、あの司祭が、あたしを騙したからに決まっているだろうっ!」
空気全てを振動されるような怒声。畏縮してしまうが、その内容に私だけでなくサクスくんも呆然としてしまった。
「司祭さまが、騙す……?」
『そんな訳ない』ではなく、それを疑うこと自体がありえないと言いたげな顔に、蜘蛛女は鼻で笑った。
「ふん。司祭、司祭と、聖職に身を置くならば悪とは無縁とでも思っているのかい?馬鹿馬鹿しい、あれも所詮は人。しかも人を騙すだけでなく、あたしまでも騙すような性悪さね」
「でたらめを……!」
「でたらめであったらと願うのは、あたしの方だ!」
気丈が剥がれる。剥がれ落ちて出てきたのは、涙を流す女性の顔だった。
三つ目を潤ませ、パラソルで顔を隠すも、すすり泣きは耳に入る。
「騙されたんだ、あの司祭に。だから、あたしは……」
司祭さまの命とも言えよう声を盗んだ。
言わんとしていることは分かるが、司祭さまの人となりを知るサクスくんは納得していない。
「司祭さまが騙すだなんて……、有り得ない!世迷い言を言うな、モンスター風情がっ」
「っ、まだ言うかいっ!おめでたい頭だねぇ!いいさ、その頭切り落として食べちまう前に、聞かせてやろう!あの司祭が、いかに残酷な男であるかを!」
閉じられたパラソルの向こうには怒りに満ちた表情。たった一人の人のことでこんなにも表情がコロコロと変わるさまは、まるで。