ヒーロー(ヤンデレ)が死亡しました
「あたしは、あの司祭を愛していたんだよっ!」
サクスくんが、は?となったのも分かる。
モンスターが人間に恋をするなんて聞いたことがない。けれども、心を持つモンスターは証明するかのように言葉を紡ぐ。
「あれは、とても穏やかな昼下がりだった。その日、あたしは町まで服を買いに行ったのさ」
「「ちょっと待って」」
サクスくんとハモるほど、待ったが入り用な出だしだった。
「なんだい!乙女が服を買いに行っちゃいけないのかい?裸でいるなんて、出来るわけないだろう?」
「いやいやいやっ、あなたが町まで服を買いに行ったら、ある種の災害になりますが!?」
「お前みたいなのが町娘感覚で、昼下がりの買い物とかってさすがに無理があるっすよ!」
「今まではここに迷い込んできた旅人から拝借した布で自作していたんだけどね、このドレスもそうだけど、町にはもっと綺麗な服があるそうじゃないかい。布と一緒にお金もあったし、あたしも客として行って何が悪いんだい!」
「悪すぎるっすよ!?」
「自給自足でやりましょうよ!そのお手製ドレス、素敵ですから!」
服を誉めれば、どことなく嬉しげにされてしまった。しかしてすぐに、そうではないと険しい顔つきになる。
「いいから黙ってお聞きよ!ともかく、あたしは町に行った。そこで、あの司祭さまに出会ったんだ。正確には、あの歌声にだけど、さね」
『司祭さま』とフラスコを抱きしめる蜘蛛女。いつの間にやら、蜘蛛女の長くなりそうな思い出話につき合わされているけど、小物たちが正座して聞いているので問答無用で戦闘に持ち込めなくなった。
「町の外にまで、司祭さまの歌声は聞こえていた。あまりに美しい歌声に、あたしは酔いしれたさね。ついつい当初の目的を忘れて、その場に立ち尽くすほど、あたしは司祭さまの声に惚れたのさ」
糸と葉っぱで作られた座布団を、そっと用意されたので私たちも正座しておく。
「紛れもない恋。けどね、それはあたしの初恋さね。そう。よく言う、実らない初恋だよ」
「そんなことはありませんっ!私の初恋は実りましたよ!」
「フィーさん、こんなのに励まし要らないっすよ!?」
「ふっ、ありがとね、女の方。けど、励ましなんか要らないよ。あたしはモンスターで、司祭さまは人間。実らないことなんか、分かりきっているじゃないか」
「フィーさん、『それは俺のことでいいんだよね!?』と蜘蛛女の思い出話を聞く気ないクラビスさんがしつこいんすけど」
「そうですそうです。私の初恋はクラビスさんですから、しーっ、しーっ」
蜘蛛女を励ましたお礼にか、小物にリンゴを差し出された。食べながら聞いて下さいとのことらしい。
「それから毎日、あたしは町へ行った。司祭さまにこの姿をーー自分に恋する相手がモンスターだと知られたくないから、こっそりと司祭さまの声だけを聞きに行ったんだ。こんな見た目じゃ、司祭さまだって嫌だろう?」
「服屋に買い物に行こうとしたモンスターが、なにしおらしくなってんすか」
「恋する乙女なのですから、買い物に行けても、好きな人に直接会いに行けないのはよくある話ですよ」
リンゴかと思ったら、ジュースだった。
中身をくりぬき、リンゴジュースを入れたらしい。こくこくと飲みながら、恋する乙女の話を聞く。
「そんなことが続いたある日、あたしはとうとう我慢出来なくなった」
「結局、直接会いに行ってますよって、フィーさん、飲んじゃダメっすよ!なに入っているか分かったもんじゃないっすから」
「リンゴ1000%です」
「え、そんなに濃いリンゴジュースなんすか?」
サクスくんの分もとお願いすれば、貰えた。うわ、うま!と彼も飲む。
「風の噂で聞く司祭さまは、誰にでも優しく分け隔てなく愛を与えてくれる存在。だったら、モンスターのあたしでも受け入れてくれるんじゃないかと思ったんだ!」
「愛があれば、種族の壁など関係ないですものね!」
言えば、小物たちもひゅーひゅーと、合いの手を入れてくれた。
およしよ、の照れたような声で静まる。
「そうさ、あたしは信じた。司祭さまのことを。こんなあたしでも、いいって、手を差し伸ばしてくれることを。このドレスはね、司祭さまと会うためにあつらえたものさ。ーーけど」
純白のドレスが、どこかくたびれて見えたのは、彼女の恋の形でもあったのか。
初めての恋。しかして報われない。
分かっているのに想いを伝えようとするほど、彼女は本気だった。
結果は、私たちがよく知っているではないか。
司祭さまのーー大好きな人の大切な物を奪うほど、彼女はショックを受けたんだ。
初恋だからこそ、初めての告白。そうして、それが報われずに……
身勝手なことには違いないけど、それだけ彼女の想いが大きいことを示していて。