ヒーロー(ヤンデレ)が死亡しました
「あんな老け顔のおっさんだなんて、思わなかったのよっ!」
「「ちょっと待って!」」
二度目のタンマは、大きく出た。
「思わず、『失恋して傷ついたのは分かりますが、それでも司祭さまが好きなら』と諭そうとした私の気持ちはどうすれば!?」
「見た目を気にしていたあんたが、結局見た目で選ぶんすか!?つか、騙されたって、そう言う意味!?」
「そうさね!あんな綺麗な歌声のくせして、蓋を開ければおっさん!数日間、司祭さまの声を聞き続けて、20代後半の金髪、身長187センチの細身筋肉質体型で、きりっとした目元なのに、口元は柔らかく、笑えば白い歯がきらめき、話す度に背景に花が咲き誇って、夜ともなれば、好きな女の前でしか見せないような凛々しい姿で物凄く背徳的なことをしてくれる聖職者さまだと思っていたのにいいぃ!あんなっ、ただのっ、ハゲ進行中のおっさんだなんてええぇ!」
「声だけで、そこまで想像するんすか!」
「恋する乙女の妄想力凄まじい!」
「こんな絶望あるかい!?あたしの初恋を返せっ!一世一代の告白をしようと思ったのに!だから、あたしは奪ったさね!あたしを騙したその元凶を!声がない司祭さまなんて、ただのおっさん!ふふ、今頃、ただのおっさんになって、人生に絶望していることだろうねぇ!」
「どうしよう、聞いている分には陳腐な仕返しなのに、効果てきめんですよ!」
「だから、司祭さまの声を取り戻しに来たんす、よっと!」
かけ声ついでに、リンゴの器を投げる。
蜘蛛女めがけたみたいだが、小物のハイキャッチで阻止された。
「下らない話は終わりっすよね。勝手な逆恨みで司祭さまを傷つけたことをご丁寧に解説して、潰される覚悟はあるんだろ?」
小物たちが立ち上がり、威嚇を始めた。
パラソルを閉じた蜘蛛女も、そっちこそと言葉を返す。
「司祭の使いじゃ、問答無用で構わないだろうねぇ。フラスコに詰めたあんたの血肉を司祭に贈ってやろうかねえぇ!」
ヒステリックな雄叫びと共に、黒蜘蛛の目が見開く。
「四つ目……!」
女の顔に三つ目。黒蜘蛛に一つ目の計四つ。目の数が多いほど、モンスターとしての危険度が分かるものだが、四つ目は初めて見た。
「行け、お前たち!」
号令らしく、小物たちが一斉にかかってきた。
「フィーさん下がって!」
今こそ切り札を使う時。
サクスくんもそのつもりでいたが。
「な……!」
私と共に大きく下がったのは、予想外への対処法。
「『協力しない』って」
ぼそりと呟かれた絶望。けど、悲観する気はなく、サクスくんは私の手を取って、ひたすらに小物たちから距離を取る。広すぎる空洞だ、逃げ場はいくらでもある。
「まったく、逃げる獲物も捕まえられないのかい!仕方がないねえ!」
苛立ち気に、蜘蛛女はフラスコを耳に当てた。
「あぁ、歌声が。司祭さまの、歌声が」
興奮する口振りに合わせ、黒蜘蛛の腹が膨れる。ややあって、腹より無数の小物が産まれてきた。
「セルフ出産とか、ほんと、モンスターって気味悪いな!」
「サクスくん、言葉悪いよっ」
「すみませんっ、本気でパニック中なんで、失言許して下さいっ!ーーつうか、フィーさんからも言って下さいよ!クラビスさん、この期に及んで、『やらない』とか言っているんすよ!」
「クラビスさんのとーへんぼくううぅ!」
私も言葉が悪くなるほどパニックだ。
地の利は数で埋められ、小物たちに囲まれる。ああ、座布団やリンゴジュースをくれたモンスターたちも女王の命令で攻撃的になってしまうのか。
「っ、こうなったら!」
マヨネーズをかけられるところを想像していれば、サクスくんが私の体を抱き寄せた。
「えっ、な、なな!」
そうして、お姫さま抱っこ。彼に殺されるだけじゃ済まないよっと言いかけたところで。