ヒーロー(ヤンデレ)が死亡しました
「この、人間風情がっ!」
足の刺突が彼に襲いかかるも、折れ曲がる。前四本をなくし、黒蜘蛛の体は崩れ落ちた。
「モンスター風情が、何を喚いている」
嘲笑する響きに、蜘蛛女は地べたを這っても彼に一太刀入れようとするが、届かない。
「くそ、騎士団の一人かいっ。“あれ”が欲しくてここいらにいるとは聞いていたけどっ、たかが、司祭一人のために動くなんーーぃぎっ」
黒蜘蛛と女の上半身が分離する。
黒蜘蛛の方は消沈したが、女は未だに意識を保ち続けていた。
「あんなのと一緒にするなよ。司祭のためでもない。間違えるな。俺は彼女のためだけにしか、動かない。そうして殺したいんだ。彼女に害なす全てを。全身全霊を持って、根こそぎ、余すことなく、徹底的に消したい」
辺りにこびりついた小物たちの血肉が、木の幹に吸収されていく。
「“育み肉の根。産むは朱の生。そびえ立つ墓標に名ではなく己自身を”」
「ひっ!」
血肉を吸った木が早回しの成長を遂げる。蜘蛛女の体を巻き込みながら、通路を塞ぐ壁となっていく。
「騎士団以外の人間が、こんな力ーーちっ、そうか!お前が、“夜空”かい!」
「四つ目のだけあるな、最後まで命乞いをしないとは」
そうして、未だに手を伸ばして彼に食ってかかろうとする矜持も、ついに消え去ろうとする。
「ふ、はははっ!いいさ、幕となろうさね!どうせ、四つ目(あたし)じゃあこの程度!貴様を殺すのは、別の誰かがやってくれる!こぞって、皆、貴様に刃向かい、そうしてあたしのようにーー」
沈黙は一瞬。元の形が分からないほど潰された体は、吐瀉物を吐き出したかのような音色を最期に赤い木の一部となった。
「何度でも刃向かえばいい。何度も死ぬ覚悟があるならばな」
嘲笑は変わらず。しかして、こちらを振り向くなり、嘲笑とは明らかに違う顔となった。
「分かるよね、フィーナ」
姿形はサクスくんのもの。けど、分からないはずがなかった。
サクスくんからは決して見ることはない満面の笑みは、恋人に向けられるそれだし。
私にしか視点を置いていない眼差しは彼のもの。
今の彼は私しか見ていない。
後ろの背景すらもぼやけているほど、彼の意識はたった一つのことで埋め尽くされている。
「フィーナ、フィーナ……!」
名を、呼ばれる。
「聞こえているよね、フィーナ。返事をしてくれ、ずっと呼んでいたんだ。フィーナ、フィーナ!」
叫ぶように、呼ばれた。
思っていた。彼が近くにいると知った時から、こうして、私のことを呼んでいると。
「こんな姿で、声で、呼ばれては嫌かも知れないが、我慢してほしい。もっと呼びたい、触れもしたい。他の男の体で、前の通りにやられるのは寒気立つだろうし、俺も嫌だけど……抑えきれそうにない。っ、どんなに願ったことか。この時を。君が俺を認識し、応えてくれて、俺もまた君を感じられる時を。だからっ」
また、抱きしめさせてほしい。
言われる前に、その体に飛び付いた。