ヒーロー(ヤンデレ)が死亡しました
あくまでも朗らかに諭す彼だが、到底理解出来ることではなかった。
「なにを……。だって、サクスくんの魔法であなたはこうして」
「あいつの手はず通りなら、ね」
サクスくんの持ち物たる、墓土の小瓶を彼は手に取り、弄ぶ。
「自身に死霊を憑依させる術だけど、それは死霊の『了承』がなければ出来ないことであり、逆を言えば術行使者の『許可』がなければ、死霊(おれ)たちはこの体に入ることは出来ない」
小瓶が砕ける。さらさらと落ちる墓土を眺めて、彼は続けた。
「クッ、『死霊使い』によくある話しだよ。力を求めて体の一部どころか、全てを明け渡す。その結果として、己を失う。当然だ。他者を体に宿すとは、こういったこと。生きながらにして死ぬんだ」
あの時、サクスくんが全てを任せてきたのは、こうなることを分かりきっていたからだと言うのか。
土は殆どこぼれ落ち、手のひらに残ったものは払われる。下らないものと表現するのは、墓土を踏む足からだった。
「今、この体の持ち主は完璧に俺だ。器官は機能し、その全てで君を堪能できる体をみすみす手離す必要なんかない。れっきとした死者蘇生なんだよ、これは。代価は人ひとりの人生と極めて理に叶った術。
ああ、見目の問題なら心配しないで。時間と手間はかかるけど、姿は作り替えるから。君が愛していると言ったあの姿に。何年も何十年も、俺はずっと君に愛される見目でいたいから。あの頃の姿に戻ったら、もうこいつの皮膚を剥がすだなんて、面倒な真似しなくて済むしね」
「や、やめ!サクスくんに返してあげて下さい!」
その言い分が呑めないのは当たり前。
拒否をすれば、彼から笑みがなくなる。
「……やけに庇うね、こいつを。優しくされて、ほだされちゃった?そんなはずないよね?君は俺一筋なのだから、一時の迷いだ。情けなんかかけなくてもいい。そうだ。いい手があるよ。今日の記憶ーーいや、俺が死んだときからの記憶を消してあげよう。また、あの日々を過ごそう。戻ろうよ。互いを思いやり、幸せしかない日々を。悲しんでいた記憶なんか、君の中にあってはいけない。君は永遠に幸せにならなきゃ。俺がそれを誓ったのだから」
黒い杖が、こちらに向けられる。
たった一振りで有言実行。今までのことを忘れさせてくれる。
あの日々に戻ろう。
一言で、彼と過ごした今までが頭を埋め尽くす。
戻りたかった。
永遠の幸せとも信じられる日々に。
だとすれば、彼が死んだ記憶があってはならない。
私のために死に。私は死に損ない。泣き続けた日々を。記憶から抹消しなければ、あの日々には戻れない。
けれど、それは。
「あなたは……、どうするのですか」
戻るとは、また繰り返すこと。
繰り返すんだ。彼はまた、私のために死んでしまうような日々を。
「……」
彼の杖が下がる。
答えなくとも、私にとってみれば、解答を目にしたも同じだった。
「覚え続けるのですね」
「……」
「繰り返さないためにも覚え続ける。あなただけ……、あなただけが!」
今度は、私が彼に詰め寄る番だった。
イヤだイヤだと、半ば彼を責めるようにまくし立ててしまう。