あなたと恋の始め方②【シリーズ全完結】
「ビールでいいですか?」


「ああ」


「何を頼みますか?」


「何でもいい」



 中垣先輩は何か考えているようでいて…。でも、何も言わない。言うのは今ではなくていいと思われることだけ、そのどれもが私に言いたいことではないように感じた。ビールが届き、軽くジョッキを合わせてから口を付ける。幾つかの料理が並ぶけど…静かな食卓は他の騒がしい卓に比べて時間が止まっているようにさえ思える。



「今日、所長から言われたよ。フランスに行くつもりなのか?」


 それは頼んだ料理が並び、お互いに殆ど会話をせずに食べていた時のことだった。前振りもなく一気に言われたので私は言葉を失った。


 まさか、もう所長から中垣先輩の方に話がいっているとは思いもしなかった。そう考えると、何もかも合点がいく。いきなり食事に誘われた理由は研究のことではなく、フランス留学のことだった。私は高見主任から言われた期限のある研究についてだと思っていた。


「お前が行かなくても俺が行くって決まっているだろ。それを何故今更覆す。今は仕事も大事だけど、自分の幸せのことを考えないといけない時期だろ」


 そんなことは中垣先輩に言われなくても分かっている。小林さんと私の恋はまだ始まったばかりの今、日本を離れるということがどういうことになるのか私にも分かっている。でも、もしも私がお祖母さんの立場だったら、中垣先輩に傍に居て欲しいと思う。

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