あなたと恋の始め方②【シリーズ全完結】
 人生はそんなに甘いものではないというのはこのたった一つのファイルで分かった気がする。


 実際にファイルの数値などは分かる。でも、研究の資料は英語とフランス語でほぼ書かれていて、これを自在に読み書きするのは至難の業。特に、最新の資料に関しては全部フランス語だった。私はそれなりに勉強していたつもりだったけど、辞書を手放して研究に打ち込めるというほどの語学知識はなかった。


 ファイルを見れば見るほど不安になってしまう私は、分からない言葉を辞書で引きながらファイルの中身を読み進めていくことにした。いくつかの専門用語を調べると次第に意味が分かってくる。日本で私がしていた研究とは違うけど、同じ会社の研究機関なのだから、全く違うというものでもなかった。


 新製品の改良を行うと言う面では一緒だった。


「そろそろ美羽、ランチにしない?」


 そんな声で不意に我に帰ると私の横にはいつの間にかキャルさんが立っていて、パソコンを凝視する私の肩に手が添えられていた。私は肩に手を置かれるまでキャルさんの存在に気付きもしなかった。キャルさんの存在を認識すると香水の香りも感じるのだから、どれだけ自分が研究ファイルに夢中になっていたのかを思い知る。


「あ、はい」


「そんなに根を詰めると疲れるわよ」

「疲れるというか、まだ、きちんとファイルを全部読めてないので、今の自分が何をしたらいいのかわからなくて…」


「真面目すぎ。いきなり一日目からバリバリされたらこっちがびっくりよ。さ、私の好みでよかったら美味しいサンドイッチの店があるの。そこに行かない?」
< 324 / 498 >

この作品をシェア

pagetop