あなたと恋の始め方②【シリーズ全完結】
 役不足なんてことは絶対にない。研究者としての実力は私と比べる方が失礼なくらいの中垣先輩だ。フランス研究所としたら、小躍りしながら喜ぶくらいだろう。そのくらいに中垣先輩の名前は日本だけではなくて、フランスでも鳴り響いている。


「そんなことはないですが、本当にフランスに来られるのですか?」


「ああ。さっきも言ったろ。でも、坂上の帰国はまだ先だ。この研究に俺は全く携わってないので、今までの研究内容と坂上が担うはずの引き継ぎはして日本に帰れ」


 研究というのはいきなり来て、次の日からすぐに出来るというものでもない。だから、引継ぎが必要。それは分かっている。でも、論点はそこじゃなくて…。


「それはもちろんですが、でも、本当にいいのですか?」


 中垣先輩は私の顔を見つめるといつになく優しい微笑みを私に向ける。この瞳の強さにずっと私は導かれてきた。そして、働く場所が違ってもそれは変わらないだろう。


「ああ。今までお疲れ様。本当にありがとう。後は俺に任せろ」


 その言葉を聞いて、私が日本に帰ることが出来るのだと少しだけ現実味を帯びたような気がした。


「本当に私は日本に帰るのですね」


「帰りたくないなら、ニューヨークの研究所に行くか?それならそれで手続きをするが」


「いえ、日本に帰りたいです」


「俺は言葉遊びをするほど暇じゃない」


 そういうと、中垣先輩は私の淹れたコーヒーを飲みながら、何も言わずに私の書いたレポートを必死に読み込見始めたのだった。
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