あなたと恋の始め方②【シリーズ全完結】
 二人で始める朝は昨日の朝よりもキラキラしているように感じられてならない。このまま一緒にまだ居たいと思うけど、そんな時間は残されていなかった。小林さんにタオルを渡して顔を洗って貰っている間に私はコーヒーを淹れた。食事は出来ないけど、せめて一緒にコーヒーくらいは飲みたい。


 立ち上る香りに包まれて、今日という日が始まったような気がした。


「美羽ちゃんの仕事は?遅いの?」


「今日もたぶん残業です」


「そっか、俺も残業だよ。今週は週末まで忙しい」


 そんなことを話ながらコーヒーの入ったマグカップに口を付ける。微かな甘さが口に広がり、私はホッとする。小林さんと過ごす朝は穏やかで優しい。



「お互いに忙しいですよね」


 そんな話をしていると、小林さんが私の方を真剣な顔で見つめていた。さっきの穏やかな空気が少しの緊張を漲らせる。真剣な中に苦さを滲ませたような表情は私を不安にさせていた。何を聞かれるのかと思うとドキドキを通り越して怖かった。さっきまでの甘い雰囲気が一瞬で消えたのだから、小林さんにとって重要な話なのだろう。


「ねえ、聞いていい?昨日からずっと聞きたくて聞けなかったことなんだけど、どうしても聞きたくて」


「何ですか?」


「美羽ちゃんのフランス留学のこと。どうするか決めたの?」


 小林さんが真剣な瞳で聞いてくるからどんなことかと思ったら、フランス留学のことだった。昨日、焼き鳥を食べに行った時に話すつもりだったのに、私は楽しさに包まれていたのですっかりと言いそびれていた。
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