あなたと恋の始め方②【シリーズ全完結】
「いってらっしゃい。お仕事頑張ってくださいね」


 小林さんの始めた新婚のようなやり取りに乗ってしまい、言葉を交わす私はかなり恋に舞い上がっている。でも、そんな恥ずかしさの中での幸せは私の心をふわっと抱き寄せるような気がした。離れたくないのに、これが終わりではなくて、また今日の夜に会えるような錯覚さえ起こさせる。


「うん。美羽ちゃんも頑張ってね」


 小林さんの微笑みを隠すかのようにドアが閉まると、私はドアを見つめたまま、その場に立ち尽くしていた。このドアを開けると小林さんの後姿が見えるだろう。でも、そんなことをしたら、もっと離れたくなくなるのは分かっていた。


 小林さんが出ていってしまった私の部屋は寂しく感じる。自分では理解しているつもりなのにこの寂しいのは隠すことの出来ないことだった。リビングまで戻って来てソファに座るとフッと息を吐いた。そして、天井を見つめながら思うのは、贅沢な願いだった。


 こんな朝が毎日過ごせればいいのにと思うこと。また夜になったら、会いたいと思うこと。


「ずっと一緒に居たいな」


 不意に私の脳裏に浮かんだのは一つの言葉だった。それは『結婚』という文字。


 付き合って間もないのに私は朝も夜も一緒に居たいと思っている。結婚というものは私にとって無縁のものだと思っていたのに、小林さんとの将来を考える私には結婚という文字がしっかりと浮かんで来る。
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