あなたと恋の始め方②【シリーズ全完結】
 所長の話を聞きながら私は記憶の糸を手繰る。中垣先輩のお祖母さんの具合が悪いということが本当なら、この頃の中垣先輩の行動も説明が付く。仕事を早く終わらせていたのも、駅とは反対の方向に行っていたのも、病院で見かけたという話も。


 この頃、遅くまで研究しているのもお祖母さんの具合が安定しているから?


 解けないパズルが一つの糸で一気に繋がっていく気がした。


 泊まらずに毎日帰ることも朝は早くから研究に励んでいることも、そして、高見主任の期限前に研究を終わらせようとしていることも。何もかもが分かってしまった。


 中垣先輩はあまり表情には出ないけど優しい人。優しいからお祖母さんも大事にしているのだろう。そして、フランスに留学するというのも、私が行かないと言ったから。


 私が仕事よりも恋を取ってしまったから。


 襲い来る現実に私は自分の気持ちを抑えるのが難しかった。私はどうしたらいいのだろう。お祖母さんの具合がどうなのか、どんな病気かも分からないけど、つい最近まで悪かったというなら、今、中垣先輩が日本を離れるべきではないと思う。


 私が研究所移転の時に祖母の病院に通うために本社営業一課に転属してまでも残りたかったように、中垣先輩も同じ気持ちかもしれないと思うといたたまれない。


 私の恋と引き換えにしてはいけないと思った。
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