俺様御曹司と蜜恋契約
小学校に入ったばかりの頃に迷子になったことがある。そんな私に声を掛けてくれて家まで送り届けてくれたのが少し年上の男の子だった。そのお礼にうちの食堂の親子丼をご馳走してあげたら『マズイ』と言われてしまって、それが悲しくて私は大泣きしたっけ。
その出来事をきっかけに私は父親から料理を習うようになった。もしもまたあの男の子がうちの食堂に来ることがあれば、今度は私が親子丼を作って絶対に男の子の口から『美味しい』と言わせたくて。
でも、その男の子は名前も知らないし顔も覚えていないんだけど。
「今でも思い出すと本当に悔しいです」
私は親子丼を口に入れるともぐもぐと食べる。
今日も父親の親子丼はとても美味しい。マズイわけがないのに。
するとそんな私を見ながら葉山社長がふっと笑うのが分かった。
「そのガキは、きっと病んでいたのかもな」
「病んでいた?」
「ああ。どんなものを食っても美味しいと思えないビョーキってやつ?」
「……」
食べる手を止めて葉山社長に視線を向ければ、彼の視線は食べかけの親子丼をじっと見つめていた。
「だからそのガキは、お前の親父さんの親子丼だけじゃなくてもきっと他の何を食ってもマズイしか言えなかったんじゃねーの」
それは何を食べても美味しいって思えないってことかな?
「そんな病気本当にあるんですか?」
そうたずねる私に葉山社長は「さぁな」と首を横に振った。
「……」
もしかして適当に言った?
でももしもそんな病気が本当にあるのだとしたらその人はかわいそうだと思う。だってご飯を美味しく感じられないなんて……。
「つまり俺が何を言いたいのかと言うと、お前の親父さんの親子丼は最高に美味いってこと。そういうことでお代わりちょーだい」
葉山社長が空になったお椀を差し出してくるので私はそれを受け取った。