俺様御曹司と蜜恋契約
葉山社長の声はいつになく真剣で、いつものようにからかわれているのだとは思えなかった。

葉山社長に泣かされたことなんてあったかな。商店街の再開発計画のこと?でも、あのときは泣かされたというよりも私が話をしながら勝手に泣いてしまっただけで葉山社長に泣かされたわけじゃない。

「商店街を守ってやればお前の涙を見ずにすむと思った。けど、泣くほど辛い恋の事情までは知らなかった」

葉山社長が私を抱きしめる腕によりいっそう力がこもった。

「なぁ、花」

葉山社長の低い声が私の名前を呼ぶ。

「ずっと誰かを愛してきたなら今度は俺に愛されてみれば?」

「えっ……」

耳元でそう囁かれた瞬間ドキッと胸が高鳴った。

どうしてそんな言葉をかけてくれるんだろう。

また慰めてくれているの?


『なーんてな、冗談だよ』


葉山社長のマンションでロールキャベツを作った日も同じような甘いセリフを言われた。そのあとに言われた『冗談だよ』という言葉をきっと今も言われると思っていたのに、待ってもその言葉が聞こえてこない。


冗談だよ。
そう言ってもらわないと困る。

あの言葉が本当だったら私はどう返したらいんだろう…………。


すると葉山社長の手が私の顎を掴みくいっと顔を持ち上げられた。

「――花」

名前を呼ばれると、葉山社長が首を傾げながら顔を近付けてくる。

キスされる。

そう思って私は目を閉じた。

でも一向にその瞬間はやってこなくて。

「…そっか。すげーしたいけど、もうお前に簡単にキスしちゃいけねーんだった」

葉山社長がそう呟くと私から顔を離していく。

顎を掴んでいた手が私の頭に乗りそのまま髪の毛がくしゃくしゃになるまで撫でまわされた。

「辛い恋が終わったら誰かとまた幸せな恋でもしろよ」

そう言って、葉山社長は笑っている。

なんとなくその『誰か』に葉山社長は自分を含んでいないと思った。




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