俺様御曹司と蜜恋契約
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「――だから、その件なら白紙に戻せって言っただろ。国内にはもういらねーんだよ。あのおっさんもそれに頷いたじゃねーか。それを今更ごちゃごちゃと……」
スマホを持つ手とは逆の手の人差し指で葉山社長は苛立つようにトントンとハンドルを叩いている。眉間に皺を寄せたその表情も明らかに機嫌が悪そうで。さっきから電話の向こうの相手に怒鳴るように喋っていた。
「ふざけんなよ。…………ああ、………はぁ?おい、待て佐上。とにかくすぐに行くから俺が着くまで何もすんなよ」
どうやら電話の相手は秘書の佐上さんのようだ。ということは仕事の話かな?
プツンと電話を切ると葉山社長はスマホを後部座席に投げつけた。それから助手席に座る私を振り返る。
「悪ぃ。用事ができた。今からすぐに本社に行かないといけない」
「分かりました。一人で帰れるので大丈夫です」
展望台を出たあと葉山社長の運転する車は私の家に向かっていたけれど、途中に電話が入ったので道路脇に車を止めていた。
「悪いな。家まで送れなくて。タクシーでも拾って帰れ」
いつかみたいに財布からお金を渡されたので私は首を横に振る。
「いえ、大丈夫です。ここからなら電車で帰れるので」
「いいから受け取れ」
「あっ」
無理やり手の平にお金を握らされてしまう。
「電車で帰るにしても金がいるだろ」
それにしてもこのお金は多過ぎる。けれど今はこんなところで押し問答をしている場合ではなくて。葉山社長のさっきの電話の雰囲気からすると、仕事で何か重要なことがあってきっとすぐにでも会社に戻らないといけないはず。ここで足止めさせちゃいけない。
「それじゃあ受け取ります」
「ああ。気を付けて帰れよ」
「はい。今日はありがとうございました」
そう言って車から降りようとしたそのときだった。
「―――ん?」
私のカバンの中でスマホが振動していることに気が付いた。取り出して画面を見れば公衆電話からかかってきている。