俺様御曹司と蜜恋契約
「佐上か。どうした?」

たぶん仕事の電話かもしれない。車内が一瞬でキリッと張りつめる。

「――またその件か。それなら午前の会議で話し合ったばかりだろ。……ああ、だから俺は反対だって……え?分かった。すぐに戻る」

電話を終えるとスマホを再び内ポケットに戻しながら葉山社長が険しい表情を浮かべる。

「ったくあのくそおやじ」

そう呟いて、私を振り返った。

「悪ぃ。仕事で本社へ戻らないと」

「あっ、はい」

葉山社長は最近とても忙しそうだ。そういえば母親の病院へ連れ添ってくれたときも、その前に突然仕事の電話がかかってきてそれからしばらく会えない日々が続いたっけ。

私はすぐに助手席から降りてそのまま家に戻ろうとしたけれど、思い直して振り返った。そして開いているサイドガラスから声を掛ける。

「また料理作りに行きます」

葉山社長の子供の頃の話を聞いたせいかもしれない。もっといろんな料理を作って葉山社長に美味しいと言ってもらいたいと思った。

するとそんな私の言葉に葉山社長が一瞬驚いたような顔をする。たぶん私が自分から作りに行くと言ったからだと思う。いつも葉山社長に作りに来いと言われて行くから。

「じゃあ、またお前の得意料理の親子丼が食いてーな」

「はい」

そう微笑んでから、私は車から距離を取る。葉山社長はそのまま車を出発させるのかと思っていたけど一向にその気配はなくて、ハンドルを握りしめたままじっと黙っている。

「――花」

やがて低い声で私の名前を呼んだ。

「お前の大事な商店街、俺が絶対に守ってやるからな」

「えっ?……はい」

それだけを告げると葉山社長はハンドルを握り直しゆっくりとアクセルを踏んだ。そのまま車は動き出し走り去っていく。駐車場に取り残された私は葉山社長の車が見えなくなるまで見送りながら、さきほどの言葉がとても引っかかっていた。

守るってどういう意味だろう…。

商店街を再開発しようとしていたのは葉山社長の会社なのにいったい何から守るというのだろう?それに葉山社長との取引があるから商店街の再開発はなくなったはずなのに。


意味深な葉山社長の言葉の意味が分かったのはそれから数日後のことだった。

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