俺様御曹司と蜜恋契約
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佐上さんが運転する車の中にはまだ葉山社長の香水の香りが残っていて。その香りに胸がきゅっと締め付けられる。
「湯本花さんですよね?」
バックミラー越しに佐上さんが私に話しかけてくる。
「きちんとお話をするのはこれが初めてかと思います。私は光臣社長の秘書をしております佐上と申します。葉山家には光臣社長が生まれる前からずっと仕えておりまして――」
佐上さんは七三分けの白髪混じりの髪に、フレームのない細いメガネが特徴的な60代くらいの男性だ。その見た目や話し方から秘書の仕事が似合いそうな少し固そうな印象を受けた。
「森堂商店街の再開発を撤回してほしいと光臣社長におっしゃったそうですね」
「…はい」
「取引をなさったとも聞いております」
「…はい」
どうやら佐上さんは私と葉山社長の関係について全て知っているらしい。
いつもは交通量の多い三車線の道路も時間帯のせいか普段よりも車の数が少なくてスムーズに進む。飛ばして走る車が多い中で佐上さんの運転するだ車だけがきちんと交通速度を守りながら走り続ける。
「これから私が話すことはどうか軽く聞き流してください」
右へ曲がるウインカーを出しながら佐上さんが突然そんなことを言った。
何の話だろう?と私は耳を傾ける。
「光臣社長は、あなたに森堂商店街の再開発の撤回を求められるよりもっと以前からそれについては反対意見を出しておりました。その日に行われる会議でも商店街の再開発を認めないことを副社長である光秀様にはっきりと言うおつもりだったんですよ」
「え……?」
「だからあなたに言われて再開発を取り止めにしたわけではなくて、光臣社長は初めから森堂商店街の再開発を止めようとしていたんです」
それは初めて聞く事実だった。私が商店街の再開発をやめてほしいと訴えたから葉山社長は取引を持ち掛けてそれを白紙にしてくれたと思っていたのに。
葉山社長は最初から森堂商店街の再開発を取り止めようとしていた……。
「どうしてですか?どうして葉山社長は最初から森堂商店街の再開発を反対していたんですか」
そうたずねると佐上さんは「私も詳しく存じていないのですが…」と前置きをしてから話の続きを始めた。