俺様御曹司と蜜恋契約
葉山社長は副社長である叔父さんに社長の座を譲ることを条件に森堂商店街の再開発をやめさせたらしい。もともと社長のイスを狙っていた叔父さんはすぐにそれに同意した。

『正直、俺が辞めることまでしなくても良かったんだけどな。でも、再開発を推し進めようとしている叔父を止めるには叔父の願いを一つだけ聞いて、その代わりに森堂商店街から手を引いてもらうしかなかった』

その叔父さんの願いが社長のイスに座ることだったのだろう。

『ま、俺も別に社長にこだわっていたわけじゃねーし。祖父や株主どもに言われて親父の後を継いだだけだからな』

それでも葉山社長が社長になってからは葉山グループの経営がぐんとよくなったとお昼の番組でも言っていた。だからやっぱり葉山社長は社長に残った方が良かったと思う。

それなのに社長のイスを叔父さんに渡したのは森堂商店街のため。

葉山社長がそこまでしてくれる理由は佐上さんから聞いて知っている。軽く聞き流してほしいと言われたけれどそういうわけにもいかなかった。

「佐上さんから聞きました」

私はゆっくりとそう告げる。

『佐上?』

「はい。私と葉山社長の子供の頃の話」

電話の向こうの葉山社長は今どういう表情をしているのだろう。本当は顔を見てしっかりとこの話をしたかった。

「驚きました。あの日、迷子だった私を家まで送ってくれたのは葉山社長だったんですね」

『……』

葉山社長はしばらく黙っていたけれどやがて小さな声で『佐上のやつ。口固いと思ってたのに案外おしゃべりだな』とぼやいた。そんな彼に私は問いかける。

「いつから私のこと気付いていたんですか?」

『社長室でお前に会ったときだよ。実家が森堂商店街で食堂してるって聞いてもしかしてと思った。再開発をやめてほしいと俺に頼んできたお前のその泣き顔を見て確信した。こいつやっぱり俺がガキの頃の一言で泣かせちまったやつだって』

やっぱり葉山社長はそのときから私に気が付いていたんだ。

『マズイって言って悪かったな。お前の親父さんの親子丼。花にあんな風に泣かれると思わなくて言ったあとに後悔した。それからずっとお前の泣き顔が頭の片隅から離れなかった』

「私もあの男の子のことが忘れられませんでした。また親子丼を食べさせて絶対に美味しいって言わせてみせるんだって」

『言わせたじゃん、俺に』

「はい。葉山社長は私の親子丼も父の親子丼も美味しいと言ってくれました。リベンジ成功です」

『リベンジって』

葉山社長が電話の向こうで笑っている。
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