俺様御曹司と蜜恋契約



翌日の土曜日。
食堂の時計の針は午後2時前を差していた。お客さんの波もようやく引き始めひと段落した頃。

「お父さん。お皿洗い終わったから出掛けてくるね」

手伝いをしていた私は同じ厨房内の少し遠くにいる父親に声を掛けた。

「お父さん」

揚げ物をしているせいだからなのか、少し離れた流し台から声をかける私の声に父親は気が付いてくれない。

「お父さんってば」

エプロンで濡れた手を拭きながら父親へ近付けば、エビの天ぷらをあげている父親がようやく私に気が付いた。

「お皿洗い終わったから出掛けてもいい?」

「どこ行くんだ」

「どこって……」

ちょっとそこまで。そう言おうとして口を閉じる。正直に本当の行き先を告げる。

「空港だよ。葉山社長の見送りに行くの」

そう言えば父親が分かりやすいくらいの嫌な顔をしたのが分かった。

「あんなやつの見送りに行ってどうするんだ」

「お礼を言うの。商店街を守ってくれたこと」

「違うだろ。あいつは俺たち商店街の敵だ」

「お父さん……」

父親はあれから葉山社長のことを許してはいない。

私は両親にも全てを話している。

商店街の再開発をやめてもらいたくて葉山グループの本社ビルで葉山社長に声をかけたこと。『俺の女になれ』という取り引きを持ち掛けられて、それで彼と一緒にいたこと。そして葉山社長は初めから森堂商店街の再開発計画には反対で副社長と対立していたこと。再び再開発計画が浮上したときは自分の進退をかけて森堂商店街を守ってくれたことも。

それでも父親は葉山社長のことが許せないらしい。普段は物静かで優しい人だけれど芯は職人気質の頑固者。そう簡単には許せないのだろう。

父親の気持ちを思えば仕方のないことだと思う。実際、偽名を使い私の恋人だと名乗って家に来た葉山社長は両親のことを騙していたのだから。

葉山社長もそのことを気にしているのか、数日前に葉山社長からうち宛てにたくさんの高級食材が届いた。きっと彼なりに私の両親を騙していたことを詫びるための品だと思う。
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