俺様御曹司と蜜恋契約
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国際線ターミナルは様々な国の人で溢れていた。
佐上さんに教えてもらった場所へ行けばネイビーのスーツを着た長身の男性が腕時計を確認している姿が見えた。久しぶりに見たその姿に少しだけ泣きそうになる。
「――葉山社長」
待ちきれなくて少し遠くから声をかければ顔を上げた葉山社長がきょろきょろと辺りを見渡している。やがてその視線が私をとらえると、切れ長の二重の目が大きく見開かれた。
「花?……お前、どうして」
私の登場に驚いた顔をしている葉山社長に微笑みかける。
「お見送りに来ました」
それから私は深く頭を下げた。
「ありがとうございました。あと、ごめんなさい」
「どっちだよ」
葉山社長が小さく笑う。
「どっちもです。商店街のこと守ってくれてありがとうございました。そのせいであなたが社長を辞めたこと、ごめんなさい」
すると私の頭にポンと大きな手が乗せられた。
「別にいいよ」
その声にそっと顔を上げれば、葉山社長が私の髪をくしゃくしゃに撫でる。
「花。お前は実家の食堂も商店街のことも好きだろ?」
「はい」
「俺もお前みたいに自分の家の会社『葉山グループ』を好きになりたいって思った。祖父や周りに言われて親父の後を継いで何となく社長になったけど、そんな気持ちじゃダメだよな。いい機会だ。3年間は海外支店へ行って気持ちを改めるよ。そこで実績を出せばまた社長に返り咲きできたりするかもしれねーしな?」
そう言って葉山社長は小さく笑った。
それからゆっくりと腕時計に視線を落とす。
「じゃあ俺そろそろ行くから」
見送りサンキュー、と告げると私に背を向ける葉山社長。
「待ってください」
その腕を掴んで私は彼を引き留めた。
「またあなたに料理を作ってもいいですか?」
そう告げると葉山社長が肩越しに私を振り返る。それから少し困ったように笑った。
「お前との取引はもう終わりだって言ったろ」
その言葉に私は大きく首を横に振る。
「違います。そうじゃなくてっ」
持田さんに言われた通り、葉山社長が初めから森堂商店街の再開発に反対していたのなら私とのあの取引は必要なかったはず。あの取引は商店街の再開発を撤回する代わりに私が葉山社長の女になるというものだったから、もともと再開発を白紙に戻そうとしていた葉山社長にとってその取引は何の意味もない。
それなのにどうして葉山社長が私にあんな取引を持ち掛けたのかは分からない。分からないけどあの取引があったから私は葉山社長と一緒にいることができた。
俺様で強引で女好きで。彼の行動や言動にはさんざん振り回されたけど、でもこのままお別れなんてしたくない。