俺様御曹司と蜜恋契約




―――めそめそと泣いているガキを見つけた。

愛人の家に入り浸っている父親と、その帰りを豪華な手料理と共に待ち続ける母親。そんな窮屈な家を飛び出したのは12歳のときだった。

家出というほどのことじゃない。ただ少しだけ気分を変えたかっただけ。

家からだいぶ離れた場所へどこへ行くわけでもなくふらふらと歩いていたら、めそめそと泣いている女の子を見つけた。俺よりもだいぶ身長が低くて、長い黒髪をサイドに結んでいた。

『どうしたんだよ、お前』

見つけてしまったからには声を掛けないといけないと思った。

『おうち、わからない』

嗚咽混じりにその女の子は言った。

『わからないって。お前の家どこにあんの?』

『食堂』

『食堂?』

『森堂商店街の食堂』

『商店街?』

そういえばここに来る前に小さな商店街の前を通り過ぎたことを思い出した。そこにある本屋にふらっと立ち寄って本を一冊買ったっけ。商店街ってあそこのことか?

『ほら、着いて来いよ』

家の場所を聞いてそこがどこだか分かってしまったのだから連れて行かないといけないと思った。女の子の手を握れば、俺よりもすごく小さくて力を入れたら折れるんじゃないかと思えるほど頼りない手だった。

しばらくその手を握りながら歩いた。

『ここだろ』

20分くらい歩くと目的の商店街に辿り着いた。入口には古ぼけた公園があって遊具がブランコしか置かれていないなんとも寂しい公園だ。

『あった!ここだ!花のおうち』

さっきまでめそめそと泣いていたくせに商店街に着くなり女の子は嬉しそうに笑い出した。ここからは1人で家まで帰れるだろう。そう思って帰ろうとする俺の手を女の子が掴んだ。

『お兄ちゃんも行こうよ』

俺の手を掴んだまま走り出す女の子。正直振りほどこうと思えば振りほどけた。でも俺はそうしなかった。なぜだろうな。

そうして連れて来られたのは『ゆもと食堂』という看板の出た小さな店の前だった。

『ただいまぁ』

女の子が扉を開くと中から料理の香りが漂ってくる。店の中には数名の客がいるようだ。

『おっ、花ちゃんおかえり』

『遊びに行ってたの?花ちゃん』

『今日も元気だなぁ、花ちゃんは』

客の一人一人に声を掛けられて女の子はそれに笑顔で答えていた。

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