俺様御曹司と蜜恋契約
『お父さん。親子丼2つね』

そう言ってカウンター席に座った女の子が入口で立ったままの俺を振り返る。

『お兄ちゃんもここ座って』

自分の隣の席をパンパンと手でたたく。

『あら花ちゃん。お友達連れてきたの?』

奥から白いエプロン姿の女性が出てきた。ずいぶん歳がいっているけどたぶん女の子の母親だろう。

『うん。お友達できたの』

いや、俺はお前とさっき会ったばかりで友達という関係じゃないだろ。迷子になっていたから家まで連れて来てあげただけなのにずいぶんと馴れ馴れしいガキだ。

『お兄ちゃん早く座って。親子丼食べよう』

『……』

なんだかもうめんどくさくなった俺はため息をこぼすとガキの隣の席に座った。

『ほら、花。親子丼できたぞ』

それからすぐに親子丼が目の前のテーブルに出された。作ったのはこの食堂の店主。たぶん女の子の父親だろう。

『いただきまーす』

レンゲを使って女の子は親子丼をむしゃむしゃと食べ始める。

『美味しいね。お父さんの親子丼は』

がっついて食べるから頬に米粒がついている。

その豪快な食べっぷりを見ていたらだんだんと俺も腹が減ってきた。そういえば昼飯をまだ食べていない。せっかくだから食うか。

『…いただきます』

レンゲを手に取り一口食べる。

『…………』

だめだ。やっぱり味がしない。美味しそうなのに美味しいと思えない。口にした瞬間に母親の料理を思い出してしまう。帰って来ない父親のために料理を作り続ける母親の後姿と一緒に。

俺はそっとレンゲを置いた。

『美味しいでしょ?お父さんの親子丼』

女の子が俺に向かって笑顔でそう言ってくる。その口のまわりには米粒がたくさんついていて、それを見た母親が『花ちゃんったら』と呆れながら手で口元の米粒を取ってあげている。

『花、もう少しゆっくりと食べなさい』

口調は強いものの父親は女の子を笑顔で見つめていた。


きっと幸せな家族なんだろうな……。

俺の家とは違って……。


そう羨んでしまった自分がひどく嫌になった。だからきっと。


『マズイ』


はっきりとそう口にしてしまったんだと思う。

『え?』

言ったと同時にひどく後悔した。女の子が泣きそうな顔で俺を見ていたから。でも言葉が止まらなかった。

『マズくて食えねーよ。こんなもん』

そう言って俺はイスから降りた。そのまま出入口の扉へと向かって歩いていく。

『マズくないもんっ』

背中に女の子の叫び声が届いた。

『お父さんの親子丼をマズいって言うな』

振り向けば女の子が泣いていた。唇を震えさせながら瞳からぽろぽろと涙をこぼして。

『マズいなんて言うなっ』

『……』

俺は何も言わずに食堂を飛び出した。



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