俺様御曹司と蜜恋契約

・・・――事の始まりは３日前のことだった。



４月半ばの金曜日。

森堂商店街の入口にある森堂公園の桜は例年よりも少し遅れて４日前にようやく満開を迎えていた。それも少しずつ散り始め、強い夜風に吹かれて花弁が舞っている。

自宅の前に着いた私は羽織っていた春物コートの袖口を何気なく見るとピンク色の花弁が一枚くっついていることに気が付く。それを手に取るとそっと宙に投げた。

今日は新入社員の歓迎会があった。
いつもよりもだいぶ家に帰るのが遅くなってしまった私はゆっくりと玄関の扉を開ける。


「――ただいまぁ…」


この時間だと両親はすでに眠っているはず。

起こさないよう静かに扉を閉めて家の中に入るとそっと靴を脱いだ。スリッパに履き替え物音をたてないように真っ暗な廊下を進み、そのまま２階にある自室へと向かおうとしたのだけれど。

（あれ？）

廊下の突き当りにある居間からうっすらと灯りが漏れていることに気が付いた。両親は寝ているはずなんだけど…。

（消し忘れかな？）

そうだとしたら電気を消しておかないと。
そう思って居間へ向かいふすまを引けば、普段ならとっくに寝ているはずの両親が揃ってお茶を飲んでいた。


「あら、花ちゃんおかえり」

「遅かったな、花」


最初に私に気が付いたのが母親、次に父親。

おそろいのちゃんちゃんこを羽織った両親は今年で揃って還暦を迎える。今年２５歳になる私は両親が結婚１０年目にしてようやく授かった一人娘で、自分で言うのも恥ずかしいけれど愛情たっぷりに育ててもらった。

そんな両親は二人で仲良く食堂を営んでいる。

『ゆもと食堂』という名前のお店は、ここ森堂商店街の中に昔からある食堂で住民たちからも親しまれている。

食堂を営んでいる両親の朝は早くて、２２時といえばすでに寝ているはずなのに。どうして今日はその時間をとっくに過ぎているというのまだ起きているのだろう。

それに心なしか二人の表情がいつもよりも暗く感じる。私が帰ってくるといつも笑顔で迎えてくれるのに。