俺様御曹司と蜜恋契約
自宅へと繋がる玄関は裏口にあるのでそこまで回るのが面倒くさい。だからお店が開いているときはいつもお店の出入口を使っている。

「ただいまぁ」

ガラガラと引き戸を引くと優しい灯りと美味しい料理の香りが私を包む。

狭い厨房。１０人が座れるカウンター席に４人掛けの机が５つ。お客さん用の雑誌や新聞が入っている棚に、天井より少し下の位置に備え付けられているテレビ。一度は改装したけれど、ほとんど昔から変わらない小さな食堂だ。

そしてそこにはいつものメンバーがいて。

「お！花じゃねーか」
「花ちゃんおかえり」
「はーなー。お前も飲むかぁ？」
「お疲れさま花ちゃん」

常連さんたちに次々と声を掛けられる。

夕食時のピークはすでに終わった閉店３０分前。この時間まで残っているお客さんはだいたい同じ商店街のおじさまたちだ。

精肉店を営んでいる小柴さんは５８歳という年齢を全く感じさせない立派な筋肉を持っている。いつもおっとりとしている笹野さんは父親の幼馴染で洋菓子店を営んでいる。お酒が大好きな魚屋の高木さんはすでに顔が真っ赤だ。そして、お隣の和菓子屋佐々木庵の佐々木さんは私がずっと想い続けている陽太のお父さんで、彼とそっくりな優しい笑顔を私に向けている。

「こんばんは」

４人掛けの席でお酒を交わしているおじさまたちに挨拶をすると、厨房から母親が顔を出した。

「あら、花。今日も遅かったのね。ご飯は？」

「食べてきた」

「そう」

母親はまた厨房へと戻っていく。そこでは流し台で大鍋を洗っている父親の後姿が見えた。どうやら２人はすでにお店の片付けを始めているらしい。
< 74 / 197 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop