俺様御曹司と蜜恋契約
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観覧車を降りた私たちは横浜の街の中を歩いていた。
すれ違う人たちはカップルが多くて手を絡めて繋いでいたり肩を寄せ合って歩いていたり。そんな幸せそうな姿を横目に見ながら、私は少し前を歩く葉山社長の後ろを一定の距離を保ちながら歩く。
「あの、葉山社長」
その背中に向かって声を掛けるとスーツのズボンのポケットに両手を突っ込みながら歩いていた葉山社長が振り返る。
「なに?」
「すみませんでした」
「なにが?」
「えっと。泣いてしまって……」
観覧車の中でのことをお詫びする。
あのあと観覧車が一周を終えるまで葉山社長は私のことをずっと抱きしめてくれていた。すっかり涙は引いていたんだけど、葉山社長の胸の中が温かくてつい甘えてしまった。
涙の理由、話した方がいいのかな…。
まるで私のことを慰めるかのように抱きしめてくれていた葉山社長の『勘』が当たっていることを彼に言って、私の恋を話してみようかと迷う。ずっと誰にも言えずに閉じ込めてきた。誰かに話せば楽になるっていうし…。そう思って声を掛けようとしたのだけれど、
「なぁ、花」
葉山社長が先に口を開いた。
「何ですか?」
自分の言葉をひっこめてまずは葉山社長の話を聞くことにした。
葉山社長の歩幅がどんどん小さくなると少し後ろを歩いていた私が彼に追いついて並んで歩き始める。
「やめない?その呼び方」
「呼び方?」
「『葉山社長』っての。堅苦しいんだよなぁ」
そんなことを言われても葉山社長は『社長』なんだからそう呼ぶのが当たり前なのに。
「名前で呼べよ、俺のこと」
「名前ですか?」
「そ。俺の名前知ってる?」
「はい」
もちろん親会社の社長の名前くらい知っている。
「じゃあ名前で呼んでみ?」
「えっ。でも……」
名前でなんて呼べるわけない。大企業・葉山グループの社長を名前で呼ぶなんて恐れ多くてできない。
「ほら、名前で呼んでみて」
「できませんよそんなこと」
「なんで?」
なんでって。
あなたが社長で私はただの子会社の社員だからに決まってる。