専務と心中!
「夢を見たんだ。」

専務は、私を腕に抱いたまま、ゆらゆら揺れて話し始めた。

「どんな夢?」
「にほちゃんと、日本中を放浪する夢。毎日、競輪してたから、あれは旅打ちだな。」

……旅打ち……まさしくギャンブラーの夢だわ。
会社員にはとても無理。

けど……。

「いいんじゃない?私の有給が終わるまで、旅打ちしようか?……専務は、明日からとりあえずは無職だし。ゆっくりしましよ。自由に。位置は決めず、ね。」

半分冗談、半分本気でそう返事した。
心のどこかで、私自身もクビになるかも、と覚悟しながら。

かまわない。
今は、何も怖くない。
専務と一緒なら、何とかなりそうな気がする。


専務は、うーんと考えてから、にぱっと笑った。
「そうだ。じゃあ新婚旅行にしようか。」

……新婚旅行が旅打ち……まあ、いいけどね。

「よーし。そうと決めたら、モタモタしないぞ。」
専務は、突然張り切って起き出した。

……かわいいヒトだよ、ほんと。


8時前に、社長が食堂に入ってきた。
私は慌てて椅子から立ち上がって、お辞儀をした。

「やあ。おはよう。……これで2度目だね、にほちゃん。」
社長は、いたずらっ子のように、私に笑いかけた。

そうだ。
初めてお会いしたのは、美術館で……椎木尾さんとの縁談の進捗状況を聞かれたんだっけ。
まさかあれから2ヶ月足らずで、こんな風に専務からの指輪を嵌めて挨拶することになるとは思いも寄らなかったわ。

「おはようございます。社長。夕べは、夜分遅くにお邪魔して申し訳ありませんでした。」
深く頭を下げると、社長は苦笑された。
「いやいや。家で、そうかしこまらないでくれ。……事のあらましはだいたい把握してるつもりだ。椎木尾くんのことは残念だったが、君も愚息も関与していないと信じている。そのつもりで、これからも、がんばってくれたまえ。」

え!?
これから!?

「私は、クビにならないんですか?社史編纂、続けていいんですか?」

驚いてそう聞いたら、逆に社長が驚いたらしい。

「何の落ち度もないのにクビになんかするわけないだろう。責任は統(すばる)が取ればいい。それで充分だ。……ああ、社史編纂室長は、美術館の峠くんに室長代理を兼務してもらうことにした。よって、編纂室も美術館に移ってもらう。……だから、にほちゃん、来週からでも出勤してくれたまえ。本社よりはマシな環境だろ?」

マシどころか!

願ってもない展開に、私は思わず笑顔になってしまった。
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