専務と心中!
勝手に親近感を覚えて、私は聡くんの背中をそっと押した。
「さ。ランチランチ。……昼から、どこ行くん?」

聡くんが気恥ずかしそうに、でも口角を上げて話してくれた。
「美術館の峠先生のところへ。」

「わ!いいな!……私も、来週から美術館に出勤するねんて……あ!入学式は約束通り、行くから!有給か時間給とって、行くから!」
「無理しなくて……いいよ?」

無理して言葉遣いを改めようとしてくれてる聡くんに、胸がいっぱいになる。

「する。入学式やもん。無理する。」

無理は承知の上だ。
それでも、入学式にも行くし、聡くんとも仲良くなりたい。
お花さんとも、社長とも。
……それが、専務との幸せな人生の大切な礎(いしずえ)だろうから。



その夜、専務は妙にサッパリした顔で帰宅した。
テレビやネットのニュースによると、フランス革命でギロチンにかけられたルイ16世のように、罪なくして退陣することを潔いと受け止められたようだ。

「ついでに椎木尾くんのご両親と株主に土下座してきたぞ。ご両親は家と田畑を売って椎木尾くんの横領した6千万円を返すと言ったが、それで路頭に迷われても困るから、断った。それでいいだろ?誉めてくれ。」

専務は、お花さんのねぎらいのごちそうを楽しみながら、私にそう胸を張って見せた。
飄々とそんなことを言うから……私は、食事中なのに泣いてしまった。

「もう!お父さん!無神経過ぎですよ。……にほさん、ほんと、ごめん。こんな父で。」
なぜか、聡くんが、専務を叱り、私に謝り、なだめてくれた。

「……おかしいな。統(すばる)も、聡も、まるで別人だ。……にほちゃん、1人加わるだけで、こうも、家が変わるのか。」
社長は首を傾げてらしたけど、まんざらでもないらしい。

「以前とは別の意味で、賑やかになりそうですね。」
お花さんが笑いを含んでそう同調した。

「前は、マダムが独りでキーキー騒いでやかましかったなあ。よく物が投げつけられて割られたし。」

しみじみと専務が述懐すると、お花さんも無言でうんうんとうなずいた。

「あー、統。あまりだなあ、そのぉ、前妻の話題は……にほちゃんに失礼じゃないか。」
社長が私を気遣ってそんな風にたしなめてくださった。

慌てて手を振った。
「あ。いえ。私には、お気遣いなく。家の中にタブーがあるなんてストレスでしょうし。でもあまりマダムグレイスをこき下ろさないでくださいね。聡くんの大事なお母様ですから。」

言ってから、ふと気づいた。

「これ、夕べのお花さんの受け売りでしたね。」

お花さんは、きょとんとして、それから笑顔になった。
< 124 / 139 >

この作品をシェア

pagetop