専務と心中!
「にほさん。辞典見せて。」
聡くんが、プリントアウトした画像を持ってやってきた。

「どうぞ。……なに、しらべるの?それは?……明治後期の簿冊?」
「うん。たいていの文字は漢和辞典でわかるんだけど、この記号みたいなのがわかんなくて。」
「どれ?見せて。」

覗き込むと、そこには合字と呼ばれる字が書かれていた。
シテ、ヨリ、コト、 トモ、トキなどの助詞は、本来2文字のかなを合成して1字の合字で表現することがある。
なるほど、これは、普通の辞書には見つけにくいかも。

確か、まとめて列記したページがあったはず。

「あった。これ。……コピーしようか?」

合字の欄を指し示すと、聡くんはじっと見つめてから顔を上げた。

「ありがとう。覚えた。〆切の〆の字も合字なのかなぁ。」
「しめ?……似た形のシテは合字だけど、〆は国字みたいよ。」

頭を突き合わせてそんな話をしてると、またしても背中にベッタリと専務が張り付いてくる。

「いいなー。なんか、楽しそうだな。俺もまぜて。」
「専務は、数字とお友達でしょ。」

そう言って追い払おうとしたら、真顔で言われた。

「あー、にほちゃん。結婚したら、呼び方を変えてくれるだろうな?……まあ、既に俺は専務じゃないから、前倒しでもいいぞ?」

そうだった!
既に辞職されたから、専務じゃないんだ。

「そうですね。……えーと……統(すばる)さん?」

呼びづらいなあ。
でも専務が、いや、統さんがあまりにもうれしそうな顔をするから……まあ……いいか。




「というわけで、今日からこちらでお世話になります。よろしくお願いいたします。」

月曜日の朝、私は美術館に出勤して、峠さんに挨拶した。
峠さんは、天を仰いだ。

「……結局こうなりましたね。逃げ切れると思ったんだけど。」

それから、気を取り直したように笑顔で祝福してくださった。

「……入籍するそうですね。聡(さとる)くん、うれしそうに教えてくれましたよ。おめでとうございます。」

え!
聡くん、喜んでくれてるんだ……。
泣きそう。

「ありがとうございます。」

私は深く頭を下げて、こっそり涙を指で払った。
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